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②銀の女王と金の太陽、星の空

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第七章 再出発



私と銀河の足音が、反響する。

「聖華…?」

聞きなれた声が、遠くから聞こえる。

足音だけで私だとわかる、それほど私と太陽は長い間一緒にいたのだ。

角を曲がると、牢の前に、将軍と空が立っていた。

(空!!)

その姿を見ただけで心臓が跳びはね、鼓動が激しくなり、喜びが体の底からわき上がる。

まるで身体中の血液が沸騰したかのように、熱さと息苦しさを感じ、心が舞い上がる。

(帰ったわけではなかったんだ…。)

嬉しくて嬉しくて、頬がゆるんでしまうので、私は必死で抑えた。

将軍は、私と銀河が近づくと頭を下げる。

でも空はこちらに背を向け、微動だにせず牢の前で仁王立ちしたままだ。

背中には二本の刀を背負い、腰には鎖鎌、他にも見たことのない武器らしきものが多数ぶら下がっていて、かなり物々しい装備だ。

すらりと背の高いその後ろ姿だけでも美しく、私は見惚れてしまう。

「聖華。」

じゃらりと鎖の音がし、太陽が空越しに私を見る。

いつも光輝いていたプラチナブロンドは薄暗い牢の明かりの下ではくすんでいて、澄んだ碧眼も暗い湖の底のように曇っていた。

私は牢の前に座るとそのまま両手をついて、太陽に深く頭を下げた。

「今まで、本当にごめんなさい。」

太陽が息をのむ。

その呼吸の音すら、反響する。

私は頭をあげると、太陽をまっすぐに見つめた。

私が謝ったことが理解できないのか、太陽のくすんだ碧眼が戸惑うように揺れている。

私は立ち上がると、将軍に向き直った。

「鍵を。」

将軍は一瞬迷ったものの、私へ鍵の束を渡す。

それを受けとると、私は牢の鍵を開け、中に入った。

「聖華!」

銀河が慌てて私の腕を掴んだけれど、私が一瞥すると黙って手を離した。

空を見ると、その瞬間、視線が絡む。

空は相変わらず口元を黒い布で覆っているので、表情がわからない。

その黒水晶の瞳も、なんの感情も読み取れないけれど、私が視線を太陽に移すまで、一度も逸らすことなく、揺れることなく、お互い見つめあった。

私は躊躇いなく、太陽に近づく。

けれど、太陽は瞳を揺らし、戸惑った表情で後ずさった。

太陽が動くと、じゃらりと鎖の音がする。

床に固定された鎖の先は、太陽の足枷に繋がっていた。

私はその足枷を掴むと、鍵を外した。

「…え?」

掠れた声と共に、カモミールの香りがわずかに香る。

私は太陽の手を握ると強引に引き、牢から連れ出す。

そして将軍の前に立たせて、将軍の手も取り、二人の手を重ね合わせた。

「銀河も。」

私が銀河を呼ぶと、銀河は私の気持ちを理解してくれたようで、足早に来る。

そして銀河は、太陽と将軍をまとめて力強く抱き締めた。

「太陽!」

将軍も声を震わせながら太陽を強く抱き締める。

太陽は戸惑った表情で私を見た後、その瞳を伏せ、大粒の涙を流し始めた。

地下牢に、3人の泣き声が響く。

私はその光景を見て、ホッとしながら寂しさも感じた。

私には、もう家族がいない。

こうやって抱きしめてくれる父も母も兄もいない。

それを奪ったのは、本当に太陽なのだろうか。

もしそうなのだとしたら、太陽は憎んでも憎みきれないほどの仇だ。

…けれど、憎めないのは…なぜだろう…。

私はその場に座りこんだ。

数センチ先で3人が抱き合って泣いているのだけれど、彼らがとても遠くに感じた。

言い様のない孤独感が、私を襲う。

ただただ、私は彼らをジッと見つめていた。

突然、目元を温かい指で拭われる。

そこで初めて、自分が泣いていることに気づいた。

驚いてそちらを見ようとすると、後ろからきつく抱きしめられた。

サラサラの髪の毛が頬にかかる。

「俺もおまえも、ひとりだな。」

耳元で、艶やかな声がする。

普段は香りも気配もないのであやふやにしか感じられない存在が、肌が触れあった時にだけ現実に存在するのだと実感できる。

空の腕は力強く、いつもの冷ややかな視線とは裏腹の熱い感情を感じられた気がして、嬉しかった。

けれど、その温もりも一瞬の出来事で、すぐに離れた。

私が後ろをふり返ると、空が顔を隠さずに立っていた。

「本当に、もう術にかからないんだ。」

言いながら、空は少し困ったように微笑む。

その空の表情が、私にわずかながらも心を開いてくれた気がして、私は嬉しくて嬉しくて、笑顔で頷いた。

「聖華。」

名前を呼ばれふり返ると、将軍と銀河、そして太陽の3人が両手をついて座っていた。

「太陽が、全てを話すそうだ。」

銀河のハスキーな声が響く。

私は頷くと、3人を見つめて言った。

「とりあえず私の私室へ行きましょう。」

驚いて顔を見合わせる3人に、私は言葉を続けた。

「太陽のカモミールティーを飲みながら、聞きたいし。」

私の言葉に一瞬の間が空いて、3人は笑顔で頷く。

「じゃ、出番無さそうなので、俺はこれで。」

響く艶やかな声に、私は慌ててふり返った。

「拷問の依頼があったからここで待機してたけど、不要そうだし。」

言いながら、空は将軍へ報酬を返す。

「待って!次は私が雇うわ。」

私が慌てて声を掛けると、空は口元を黒い布で覆いながら私を見た。

視線を向けられただけで、心臓が跳びはね、胸が痛くなるほど激しく拍動する。

でも、あの体の奥底が甘く痺れる感覚はもう湧かない。

「…正式に、我が国の兵士となってほしいんだけど」

「断る。」

言い終わる前に、断られた。

「俺は、専属の任務は受けない。」

感情のない冷ややかな表情でそう言うと、空は私が次の言葉を紡ぐ前に消えた。

それはまるで『おまえは特別ではない』、と切り捨てられたようで…思わず私は叫んでしまった。

「空!!いかないで!!」

私の叫び声は地下牢に反響して、3人は耳をおさえる。

「聖華…まさか…。」

ハスキーな声と、透明な声が重なった。

でも、そんなことも無視して、私は両手で顔を覆うと、再び声をあげて泣き始めた。

「私のそばにいて…。」

幼い頃から精神を鍛えられてきて、こんなに乱れたことがないのに…なぜか今は感情のコントロールができない。

空が関わると平常心が保てず、いつでも大きく感情を揺さぶられる。

たった今会ったのに、もう会いたくてたまらない。

(これが、恋というものなの…?)

色んなことが重なりすぎて精神的にバランスを崩しているだけなのか、恋とはこういうものなのか…自分自身では判断がつかず、ただただ空を求めていた。

銀河が、私の肩をそっと抱く。

今までなら、太陽がすぐにそうしていた。

けれど太陽は切ない表情でこちらを見るだけで、もう近づいては来ない。

なんだか『太陽という兄』まで失くした気持ちになり、余計心が乱れた。

「私を…ひとりにしないで…。」

『俺もおまえも、ひとりだな。』

空の生い立ちは、知らない。

彼がどんなふうに『ひとり』なのか、わからない。

でも、同じ『ひとりぼっちの人』がいる、というだけで、これほどに心が救われるのだ。

私はまだ、王としての自覚が足りないのだろう…。