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②銀の女王と金の太陽、星の空

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ひとしきり泣いて落ち着きを取り戻した私は、銀河にエスコートされながら四人で私室へ移動した。

太陽はすぐに台所へ行き、カモミールティーを淹れてくれる。

その横には、銀河がつく。

太陽が、私に媚薬を混ぜたカモミールティーを飲ませたことから、警戒しているのだろう。

すぐに甘い香りが部屋に広がる。

太陽と銀河は、二人で手分けして4人分のティーセットをテーブルに準備してくれた。

「お前達二人とも、いつも同じ香りをさせていて、正直うらやましかったんだ。」

銀河が、私に注いでくれながらぼそりと呟く。

太陽と私は意外な言葉に驚いて、銀河を見た。

すると銀河は頬と耳を赤くして、目を逸らす。

「それは…寂しかったな!銀河!!」

将軍が豪快に笑いながら銀河の背中を叩いた。

銀河は椅子に腰掛けながら、むせる。

「私は父上の長男にも関わらず、武芸が苦手で文官になってしまった。見た目も地味だし、年も離れている。それに引き換え、太陽は武芸に秀で、華やかな容姿をしていて、聖華の乳兄弟でいつも一緒にいる。私の欲しかったものを全て持っていて、正直…嫉妬していたんだ。だから、唯一勝っていた母親の身分を笠に着て、おまえを『妾腹』と見下した。…それは自分の力で勝ち取ったものでないのに、勝った気分でいて…本当に愚かだよな。」

銀河の正直な気持ちを初めて知り、太陽は眉尻を下げてうつむいた。

「僕は、生まれも育ちも勉学も兄上に勝てず、唯一兄上に勝てるものと思って、武芸を必死で磨いてきました。容姿も女性は評価してくれましたが、男性の多くは『女みたいだ』とか『男娼』とか『妾腹』…とか陰口を叩くので…それを言わせないように、武芸に励んだということもありますが…。」

太陽は一口カモミールティーを飲むと、深いため息を吐く。

「前王は、おまえが手を下したのか?」

将軍が太陽の頭に大きな手を乗せて、訊ねる。

太陽は頭を撫でられながら、目を伏せた。

「僕は…手を下していません。」

そして、私をジッと見つめる。

その碧眼は澄んだ湖の色をしていて、幼い頃からかわらない太陽そのものだった。

「僕は…あんなことをしておいて言う資格ないんだけど…聖華を本当に好きなんだ。だから、聖華の両親も、兄上様も、自分の家族だと思っていた。そんな自分の家族を…」

そこまで言うと、両手をグッと握りしめる。

「愛する人の家族を殺すことなんて、できない。」

太陽のまっすぐな瞳は、とても嘘をついているようには見えなかった。

太陽の言葉は、私の心にもするりと届いた。

「でも、手を下した者を、知ってはいるんだろう?」

将軍は穏やかな瞳で、太陽を見る。

太陽は私から目を逸らし、頭を抱え込む。

そして握りしめていた両拳をテーブルに叩きつけた。

その苦悩の様子から…私はわかってしまった。

「涼…なのね。」

私の言葉に将軍は目を見開き、私と太陽を交互に見た。

太陽は返事せずに、声を圧し殺して泣いている。

将軍は呆然と、そんな太陽を見つめる。

銀河は、驚きはしたものの、納得した様子で頷いた。

「涼も、辛かったんだな。自分が平民だったばかりに太陽が蔑まれることが、太陽に申し訳なかっただろうし、王族に対しては悔しかったんだろう。」

銀河の言葉に、私も共感する。

「涼は『第二夫人』なのに、私の乳母をさせられたんだもんね…。」

一瞬、静寂が広がる。

「『愛妾』とはいえ、正式に式も挙げた『第二夫人』なのだから皆に跪かれるべき立場なのに、太陽の10ヶ月後に生まれた私の乳母をさせられて…太陽は庶流とはいえ『王子』のはずなのに、私の小姓の扱いで…」

私は将軍をジッと見つめた。

「私でも『太陽を玉座に座らせてやる!』って…思う。」

将軍は私と見つめあった後、俯いた。

「すべて、私がいけなかったのだな。」

いつもは人一倍体の大きい誇り高い将軍…叔父上が、今は頼りなく、小さなただの男性に見える。

「私は、良かれと思って涼に乳母をさせたのだ。王族とはいえ、所詮私は第二王子、庶流だ。そして、太陽も第二王子。しかも母親は平民。これではあまりにも憐れだと思い、なんとか涼と太陽を王に近いところへ置いてやりたくて…兄上の子どもときょうだいのように育てば、皆に一目おかれるようになるのでは、と思ったのだが…。」

そこで顔を上げて太陽 を見つめる。

「私の考えが浅はかなゆえに、苦労をかけてしまったな。」

太陽は目を見開いて、将軍を見つめる。

「すまなかった…。」

将軍が太陽に深々と頭を下げると、太陽は首を何度も横にふった。

「父上の愛情は、僕は十分に感じていました。僕だけでなく、母のことを大事に思ってあることも、親子でわかっておりました。それに、なにより、聖華が、僕を一度も蔑まなかった。父上が聖華の傍においてくださったおかげで、ぼくは自分を認め、大切にしてくれる人を得ることができました。」

そこで太陽は深呼吸をすると、長い睫毛を伏せて、涙をこぼした。

「それなのに、僕は母さんの為に玉座に座りたくて…愛する人まで利用して傷つけてしまった…。本当に最低な奴です。」

太陽の碧眼からこぼれる涙は、まるで湖の澄んだ水が溢れているようで…見惚れてしまうほど美しかった。

「聖華は、一度も僕を傷つけないし裏切らなかったのに、僕は…。」

私は思わず席を立って、太陽に駆け寄り抱きしめようとした。

でも、そんな私の前に、突然黒装束の男が立ち塞がった。

驚いて見上げると、癖のある黒髪の男で…空とは別人だった。

男は私の前に跪くと、顔を伏せたまま口を開いた。

「涼夫人を確保しました。処分をいかようにするかご指示を、との頭領からの伝言でございます。」

私は将軍と銀河、太陽を順番に見た。

そんな私に、将軍が椅子から立ち上がって言う。

「空へ『『実行犯』をつきとめ身柄確保』という依頼をしていたんです。」

別れ際に空が言っていた『次の任務』はこれだったんだ。

私は喉をゴクリと鳴らした。

(そうだ…王を3人暗殺した実行犯が涼なのだとしたら、私は極刑の判決を下さなければならない。)

でも、涼は…私の乳母だ。

私にとって、母と言える存在だ。

そんな『母』が私の家族を殺したかもしれず、もしそれが真実であれば、私は極刑を命じなければならない。

正直、王位もなにもかもを放り出して逃げ出したい気持ちだ。

でも、逃げることはできない。

私は、この国の王だし、家族を殺された被害者でもあるのだから。


『判断が悪いな、女王様。』

『私情を捨てて、よーく考えてみな。』

ふと、空の言葉が頭の中で響く。

その言葉を、空の顔を思い浮かべながら、心の中で何度も何度も反芻し、咀嚼して飲みこんだ。

そしてようやく決心する。

私は、跪いたまま微動だにせず私の指示を待っている黒装束の男に告げた。

「私が直接、涼を尋問します。人に見られないよう、涼を地下牢へ連れてきてください。…拷問も…一応用意して…。」

黒装束の男は短く返事すると、一瞬で消えた。

私は天井を仰ぐと、目をつぶって深いため息をついた。