第四章 動乱の居城より
ハオリュウの眉が、ぴくりと動いた――その名は、彼が斑目一族の屋敷に囚われていたときに知った名前だった。
騒いでいる男たちを無視し、彼は踵を返した。身代金の入ったアタッシュケースを取り出すべく、車に戻ったのだ。
「ハオリュウ様、本当に行かれるのですか!?」
「危険です! おやめください」
車の中には、先ほどの大男を含め三人の護衛がいた。皆、必死の形相で主人の暴挙を止めようとする。一番奥にいたひとりなどは、アタッシュケースを死守するかのように抱え込んでいた。
「……思った通りだったよ」
ハオリュウが呟く。
「あいつらは、お前たちの同僚の仇だ」
護衛たちは息を呑み、ハオリュウは唇を噛む。
「誘拐される僕を守ろうとして、彼らは殺された。僕は斑目も厳月も、許さない」
「ですが、ハオリュウ様。あなたが行かれても……」
「大丈夫だ。あそこにいる奴らは『警察隊員』だ。僕を守る義務がある。あいつらを利用して姉様を助ける!」
凶賊(ダリジィン)の屋敷で一晩過ごした彼女は、どんな酷い目にあったことだろう。それを思うと、はらわたが煮えくり返る。
「姉様、僕が必ず助けます」
触れるもの、すべてを斬り裂いてしまいそうな、張り詰めた空気が場に満ちる。異母姉がどう変わってしまっていたとしても、彼はまっすぐに受け止める覚悟をしていた。
応接室の映像を中断させた電話の相手は、回線が繋がった途端にルイフォンの耳朶を打った。
『ルイフォン! 今、どこにいるんだ!?』
携帯端末から響く怒鳴り声は、繁華街の情報屋トンツァイのものだった。
「あ……」
ルイフォンは小さく声を漏らし、癖のある前髪をくしゃりと掻き上げた。
斑目一族の襲撃によって、すっかり忘れていた。当初の予定では、藤咲家に行くつもりだったのだ。そのため、トンツァイには藤咲家周辺の安全確認を依頼していたのだった。
「悪い」
『何かあったのか?』
「メイシアが襲われた」
『なっ……!? 大丈夫か!?』
「ああ、とりあえず無事だ」
ルイフォンの答えに、トンツァイが安堵の息をついた。
『――詳しく聞きたいところだが、それはあとだ! 部下が情報を寄越してきた』
「何?」
ルイフォンの額に険が混じる。
『藤咲メイシアの異母弟、藤咲ハオリュウが鷹刀の屋敷に向かった。異母姉を助ける、と言っていたそうだ。どうやら、母親の藤咲夫人から事のあらましを聞いたらしい』
「え!? ハオリュウが!?」
最愛の異母弟の名に、メイシアは思わず喜色を上げた。だが、その直後に口元を覆う。
継母がどこまで正確な情報を知っているのかは分からない。けれど、どの内容を取っても異母弟を苦しめるばかりなのだ。彼はこう思っているはずだ――自分のために異母姉は犠牲になった、と。
立て込んだ状況は重なるもので、トンツァイとのやり取りの最中に、今度はリュイセンの携帯端末が鳴った。発信元は、鷹刀エルファン――。
「父上! ご無事でしたか」
しかめっ面の多いリュイセンの頬が緩む。あの父のことだから心配無用、と思いつつ、やはり声を聞くとほっとする。
謂れなき密輸入の容疑で父子共々空港で拘束されていたところに、総帥たるイーレオから連絡が入った。非常事態と解釈したエルファンは息子のリュイセンを強制的に脱出させた――という経緯だったのだ。
『私は無事だ。それより、一体どういう状況だ? 執務室に電話が繋がらない』
父の問いはもっともである。この複雑な状況をどう説明したものかと、リュイセンは途方に暮れかけた。だが、次の父の台詞に彼は耳を疑った。
『私を取り調べていた者を吐かせた。誘拐された貴族(シャトーア)を救出するという名目で警察隊が屋敷を囲んでいるとのことだが……ミンウェイが言っていた娘のことか?』
「……父上、今、どこにいらっしゃるのですか?」
『警察隊の車の中だ。取調官に屋敷まで送らせている。もうすぐ着くぞ。お前こそ、どこにいる?』
作品名:第四章 動乱の居城より 作家名:NaN