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第四章 動乱の居城より

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「あんた、何を可愛らしいことを言ってんの? 今どうして、鷹刀イーレオは警察隊の振りをした凶賊(ダリジィン)に囲まれている? 俺の上官が手引したからだろう?」
「え、ええ……、そうですけど……?」
「確かに、俺はかつて、正義感に燃えて警察隊に入ったさ。だが、すぐに『世の中の現実』ってヤツを知ったよ。青臭い餓鬼が、社会を呪うようになるまでなんて、一瞬のことだった」
「……」
「今回の事件だって、そうさ。本当は斑目が藤咲家の息子を誘拐した。指示したのは藤咲家と敵対している貴族(シャトーア)、厳月家。そいつらが俺の糞上官とつるんだ」
 凶賊(ダリジィン)と貴族(シャトーア)、それぞれの世界で競争相手の弱体化を図りたい斑目一族と厳月家が手を結んだ。そして、彼らのむき出しの敵愾心から漂う腐臭に、警察隊であるはずの男が金袋を片手に蓋をする。
「この社会は腐っているのさ」
 シュアンが詩を詠むかのような静けさで呟く。
 ともすれば、カーテンを翻す風に打ち消されそうな声は、しかしミンウェイの鼓膜をしかと震わせた。
「まるで腐りきった果実だ。発酵臭を求めて蛆どもが這い回る。ああ、虫酸が走るね……私欲に溺れる上官も、武に物言わせる凶賊(ダリジィン)も、金で支配する貴族(シャトーア)も、全部、不快だ」
 ミンウェイを上目遣いに見上げたシュアンの口元で、狂犬の牙が光った。
「――だから、蛆どもをすべて、狩ってやる。そのためには手段を問わない」
 シュアンは、乱暴に警察隊の制帽を脱ぎ捨てると、それを床に叩きつけた。豪奢な絨毯の上に描かれる光と影の円舞の中で、彼の年齢にしては高位を示す徽章が虚しく明滅する。
「鷹刀と組むのは、鷹刀が『強い』からだ。俺自身の力は大したことはなくても、鷹刀を味方につければ、俺は強くなれる」
 ふたりを隔てるローテーブルに彼が手をつき、ぼさぼさに絡み合った頭髪が彼女にぐいと近づく。血走った三白眼がミンウェイの美貌を舐め、すべてを喰らい尽くそうと、冷酷な闇を映していた。
「その先に何があるのですか?」
 ミンウェイは澄み切った湖面のような瞳で、じっとシュアンを見返した。その言葉の裏には、彼への憂慮が見え隠れしていた。凶賊(ダリジィン)のくせに、この女は本当にお人好しだ、と彼は思う。
「さて? 俺は不快なものを殲滅したいだけだ。その先のことなんて考えたことがなかったな」
 本当は分かっている。すべてを狩り尽くすことなんて、不可能であると。だから、その先など、存在しないのだ。けれど不可能だと思ってしまったら何ひとつできなくなってしまうから、強く自分を追い込む。
 そうやって、不安定な思いをくすぶらせていくうちに、彼は狂犬と呼ばれるようになったのだ。
「おっと、語りすぎたな」
 シュアンは席を立ち、床から制帽を拾い上げて頭の上に載せた。ぼさぼさ頭は納まりが悪いのか、両手で位置を直す。その神妙な顔つきは不健康な具合に青白く、ひとつひとつの顔の部位は整ってはいるにも関わらず、凶相にしか見えなかった。
 そして彼は、ふらふらとミンウェイに近づき、彼女の隣に座った。
 その意図を読めずに困惑する彼女に、彼は「あんた」と言いかけて、少しの間を置いて言い直した。
「確か、鷹刀ミンウェイ、だったな。……ミンウェイさんよ、ゆっくり考えている場合じゃないだろう?」
 名前で呼ぶことで親しみを込めたつもりなのか、シュアンは妙に馴れ馴れしくミンウェイの肩に手を掛けた。
「どういうことでしょうか?」
 不審な顔はしたものの、彼女は彼の手を振り払うことはしなかった。
「今、あんたらの総帥は一個小隊に囲まれている。奴らは警察隊の制服を着ているが、中身は斑目の奴らだ」
「ええ……」
「いいのか?」
 シュアンがミンウェイの言葉に被るように畳み掛け、隈の濃い目をぎょろりと動かした。
「鷹刀が用心深いってのは知っている。どうせ、伏兵でも用意しているんだろう? だが、乱闘になったら流血は避けられない。しかも中身がどうであれ、相手は表向きは『警察隊』だ。――あんたら、戦っていいのか?」
「……」
「俺なら、止められる」
 シュアンは力強く言う。
「俺は、あの指揮官の悪事を暴露できるだけの証拠を握っている。今すぐ、さっきの部屋に乗り込んでいって、奴とニセ警察隊員を逮捕することが可能だ」
 彼は、彼女の肩に掛けた手をぐいと引き寄せ、彼女を抱きしめた。そして、耳元で熱く囁く。
「俺の手を取れ。俺と手を組むんだ……!」


作品名:第四章 動乱の居城より 作家名:NaN