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第四章 動乱の居城より

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2.静かなる狂犬の牙−2



 ルイフォンたちを乗せた車は、屋敷への家路を急ぐ。
 車内では、リュイセンがルイフォンの携帯端末を握りしめ、さして大きくもない画面を食い入るように見詰めていた。
 映っているのは、言わずもがな応接室の様子。警察隊員である緋扇シュアンが、「鷹刀と手を組みたい」と言ってきたところだった。
「ミンウェイ! そんな胡散臭い奴、即刻追い出せ!」
「おい、リュイセン。ここで叫んでも、ミンウェイには聞こえないぞ」
 ルイフォンの呆れ声に、リュイセンは「分かっている」と、奥歯をきしませながら不機嫌に返す。
 そんな彼らのことなど、まったく知らぬ画面の中のミンウェイは、シュアンの申し出にいい顔こそしないが、無下に打ち切ることもしなかった。
『――ギブ・アンド・テイクだ。俺も、警察隊の内部情報を教える』
 不意に耳に入ってきたシュアンの言葉に、ルイフォンは猫のような目をすうっと細めた。彼は、クラッカーであり、コンピュータネットワーク世界の情報屋。『情報』は彼の管轄だ。
 シュアンのいう『情報』がオンライン上のものなら、ルイフォンは自分で盗ってこられる自信がある。だが、それが極秘の、デジタル化されていないものなら……?
 ルイフォンが腕を組み、あらゆる可能性を模索しようとしたとき、シュアンの声が響いた。
『俺の家族は、凶賊(ダリジィン)に殺されたのさ』
 画面の中のミンウェイが、はっと顔色を変える。それに続く、沈んだ「すみません」。
「駄目だ、ミンウェイ! ほだされるな!」
 フロントパネルがひび割れそうなほどの力で携帯端末を握りしめ、リュイセンが唾を飛ばす。そのとき、端末が震え始めた。
「あ? 電話だ」
 ルイフォンが、リュイセンに断りもなく携帯端末を取り上げる。
「あ、おいっ! ミンウェイが!」
「お前が今ここで、やきもきしていても、事態は変わらないだろ? それより少しはミンウェイを信じたらどうだ?」
「ぐ……」
 正論を言うルイフォンに、リュイセンは思わず罵声を浴びせそうになる。だが、ルイフォンに食って掛かるのも道理に合わないと、不承不承、口をつぐむ。
 ……このあとの応接室の様子をリュイセンが見ずに済んだのは、すべての人にとって幸運なことであったに違いない。


 不穏な色をした風が、応接室のカーテンを大きく翻した。
 大気を孕んだレースは、毛足の長い絨毯の上に光と影の円舞を描き出す。それは時に輝き、時に翳る。そしてまた、ミンウェイの美貌の上にも、めまぐるしく明暗を作り出していた。
「……あなたは……」
 そう呟いて、ミンウェイは絶句した。そんな彼女を見て、シュアンは口の端を上げて嗤った。彼の湿った息が耳朶に掛かり、彼女は身を震わせる。
「何をそんなに驚いているのさ? 凶賊(ダリジィン)なら散々、恨みくらい買ってきただろう? 人を殺せば憎しみが返ってくる。当然のことだ」
 ミンウェイが息を呑み、凍りついた。
 勿論シュアンは、彼女がかつて〈ベラドンナ〉と呼ばれる毒使いの暗殺者であったことなど知らない。更に言えば、長いこと封じてきたその名前を、たった数時間前に彼女が聞いたばかりであったことなど、まったくもって彼のあずかり知らぬことであった。
 ただ彼は、予想を超えて、遥かに無防備になった彼女の背中に扇情された。儚く落とされた肩に、溢れんばかりの嗜虐を覚えた。
 興奮に衝(つ)き動かされて両手が伸び、彼はソファー越しに彼女を後ろから抱きしめた。狂犬が牙を立てるように、波打つ髪の中から白い首筋を見つけ出して唇で触れる。
「俺と、親父とお袋と妹と――家族四人で街を歩いていた……」
 シュアンの静かな声が響く。
「いきなり、気の狂ったような集団が、斬り合いをしながら向こうの角からやってきた。そばを歩いていた奴が『凶賊(ダリジィン)の抗争だ!』と叫ぶと、通りにいた人間が一斉に逃げ出した。勿論、俺たち家族もだ」
 シュアンが言葉を発するたびに、ミンウェイのうなじに息が掛かり、彼女の産毛を犯していく。
「途中で妹が転んで、手を繋いでいたお袋も引きずられた。そこに凶賊(ダリジィン)がやってきた。そいつは蹲っていたふたりにつまずき、あとを追ってきた別の凶賊(ダリジィン)に斬りかかられた」
 ミンウェイの体が強張り、冷や汗でしっとりと湿ってくるのを、シュアンは頬に触れている彼女の首筋から感じ取る。
「つまずいた奴は強かったんだろう。不安定な姿勢からでも、斬り掛かってきた敵を一刀で返り討ちにした。そしてそのあと、危険な目にあった腹いせにか、無抵抗に震えている妹とお袋を斬りつけた。それから、止めに入ろうとした親父を――」
 シュアンは、ミンウェイの肩をまるで恋人のようにふわりと抱く。そして、耳元で甘く囁く。
「……俺は、動けなかったよ」
 触れ合った皮膚の振動から、ミンウェイが唾を飲み込むのを明確に感じ取れ、シュアンは内心でほくそ笑んだ。
 身の上話は、ミンウェイを心理的に支配するための手段に過ぎない。
 嘘偽りない真実ではあるが、彼の声色と行動には多大な演出が施されている――彼の凶賊(ダリジィン)への恨みの深さを分かりやすく示すための。彼女を都合よく誤解させ、同情を買うための……。
 シュアンだって、いい大人なのだ。感情で喚き散らすような少年時代は、とうの昔に終えている。ただ、目的のためには、なんでも利用するというだけだ。
 勿論、彼は彼女のことを、どんな不幸話にも涙するような、甘い女と思っているわけではない。自分の一族のためなら、赤子や老人だって無慈悲に殺せるだろう。屋敷を囲んだ警察隊への気迫から、それは明白に分かる。
 だが、彼女の本質は情が深いのだ。だから彼女はされるがままで、彼の手を振りほどくことはできない。辛い過去を背負った男が、自分に縋るように恨みつらみを告白していると思っている証拠だ。
 ためらいがちに、ミンウェイが口を開いた。
「子供のあなたが助けに入ったとしても、死体がひとつ増えただけでしょう。それは……正しかったんです」
「俺を気遣っているつもりか? お人好しだな」
 シュアンは嗤った。差し伸べられた手は取らない。拒絶するほどに、彼女は彼に近づこうとするはずだから――。
「……気遣いではありません。本当に、そう思うだけです」
「ほぅ。じゃあ、そういうことにしておこう」
 そう言って、シュアンは何ごともなかったかのようにミンウェイから体を離した。
「え……?」
 ミンウェイが虚を衝(つ)かれたように小さく声を漏らす。彼女にとって、彼の抱擁は決して心地よいものではなかった。しかし、頼られるほどに応えようとする彼女は、その美貌に寂寥の色を混ぜたのだ。
「まぁ、そんなわけで、俺は凶賊(ダリジィン)を恨んでいるわけだ」
 シュアンは机を回り込み、当然のことのようにもとのソファーに戻って言った。くつろいだ姿勢で座り、三白眼でミンウェイを見る。
「……鷹刀もまた凶賊(ダリジィン)です。なのに、何故、あなたは我々と手を組もうとするのですか? あなたは高い志を持って警察隊になったのではないのですか?」
 わずかに苛立ちを含んだミンウェイに対し、シュアンは薄ら笑いを浮かべた。
作品名:第四章 動乱の居城より 作家名:NaN