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わたなべめぐみ
わたなべめぐみ
novelistID. 54639
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謝恩会(中編)~手からこぼれ落ちる~

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「それやったら倉泉とサラもおるはずやろ」
「あいつらは今、多目的室に……」

 睨みつけてくる健太に、湊人の声は届いていないらしい。ただ湊人と晴乃が二人でいるという事実が、彼の思考をからめとってしまったようだった。

 おまえに責められる筋合いなんかない――なぜか苛立ちを感じてしまった湊人はぼそりとつぶやいた。

「……もしかしておまえ、嫉妬してる?」
「……そんなわけないやろ!」

 我に返ったのか、健太は湊人の肩を強く押した。痛みに思わず顔をゆがめると、彼は一瞬眉を下げて謝ろうとしたが、すぐさま目元に力を入れて湊人を見た。

「俺とルノはな、小学校からの付き合いなんや。こんなしょうもないことで嫉妬するわけないやろ」
「……こんなしょうもない?」

 その言葉に反応したのは晴乃だった。低い声でその言葉を繰り返し、坂の下にいるのに健太と同じ目線でつめよっていく。

「しょうもないてなんや。私らのやってることがしょうもないて言うんか」
「そんなこと誰も言うてへんやろ。湊人が余計なこと言うからそう返しただけで……」
「健ちんかて好き勝手やってるくせに、なんでいちいち私のやることに文句言うんや!」

 なんだかまずいことになった、と湊人は青ざめたが、晴乃は腹のうちに相当何かを抱え込んでいたのか、健太に弁明の余地を与えず次々と責め立てていく。健太が言いたかったのは「俺たちの絆は強い」ということだったのだろうが、眉を吊り上げている今の晴乃に何を言っても効果はなさそうだった。

 そこへ「おーいルノーどうしたのー」と悠里がかけ降りてきた。今悠里が割り込むのはもっとまずいのではと湊人は思ったが、その明るい声に反応した健太と晴乃は、「倉泉!」「悠里!」と同時に彼女の名を呼んだ。

 無邪気にかけよる悠里の腕を、サラがとっさに引きつかむ。サラは眉間に皺をよせながらぶんぶんと首を横に振る。健太と悠里にもサラくらい場の空気を読む力があればここまでこじれないのに、と湊人はため息をつく。

 痴話喧嘩を始めた彼らを横目に、サラが湊人と悠里の腕を引いて坂を下りていく。「ほんま堪忍してほしいわあ」とラテン系の面立ちをしたサラが言うものだから、なんだかおかしくなって湊人は吹き出してしまった。

「あ、坂井くん、今日やっと笑ったとこ見たわ」

 そう言ってサラがウインクする。長く黒いまつげの日本人離れしたウインクは見事に決まり、サラの愛嬌をかきたてる。

「あの二人の夫婦喧嘩はいつものことやし、気にせんでええよ」

 苦笑いした悠里がフォローを入れてくれたとき、数人の男子生徒とすれ違った。同級生には違いないが、名前は思い出せない。なぜか湊人に向かって、嫌な視線を送ってくる。

「今さら女子連中と連れ立って舞台出るなんて、調子乗ってんとちゃうぞ」

 吐き捨てるようにそう言った言葉から、憎悪の念が感じられた。湊人がふりかえると、真正面にいた男子生徒がギョッとした顔で怯んだ。

「なんやねん……その怪我は」
「おまえらには関係ないだろ」

 そう返すと火に油を注いでしまったのか、男子生徒は眉間に皺をよせて湊人につめよった。

「……そんな派手な怪我して気を引こうたってな、誰もおまえの演奏なんか聞きたいと思てへんわ」

 口をひきつらせながらそう言った男子に、ルノが剣幕を立てた。

「何なんあんた、喧嘩売ってんの?!」
「喧嘩売ってんのはおまえらの方や。おまえらが出るせいで、俺たちのバンドは謝恩会に出られんようなったんや。運動会の練習も文化祭の準備も全然来んかったやつが、偉そうにしてんとちゃうぞ!」

 食ってかかったサラを無視して、男子生徒は湊人にむかって怒号を上げた。湊人は表情を変えずに怒りに震えている男子生徒をじっと見つめる。

「おいこら、何とか言えや!」

 男子生徒が腕をふりかぶったのでサラが身を縮めたが、湊人は微動だにしなかった。あの悪意に満ちた男に殴られたときのことを思うと、震えるこぶしをふりかざす彼らには殴る気はないのだとわかる。

「……悪かったと思ってるよ」

 それだけつぶやくと湊人は先を歩き始めた。悠里たちがあわててついてくる。
 名前を思い出せない元クラスメイトたちが舌打ちしながら去っていくのを感じたが、湊人は何も言えなかった。今更、過ぎ去ってしまった日々を取り戻すこともできない。

 陽人が待つライトバンに戻ろうとすると、健太がかけよってきて湊人の腕をつかんだ。

「昨日なんべん電話しても出んかったやろ。その怪我のせいか。そんなんで明日の本番出れるんか」

 何度も同じ説明をして辟易していたが、健太の表情はすっかり「湊人の友人」に戻っていた。

「ほっとけよ。顔はどうでもピアノは弾ける」
「ほんまに? こんなに目ぇつぶれてたら楽譜読めへんのちゃうんか?」
「目なんか閉じてたって弾けるんだよ」
「ええーそんなん絶対嘘やわ。ほんなら今度俺のおるとこで目ぇつむって弾いてや。なあ、倉泉も見たいやろ?」

 彼がふざけて悠里の肩を叩いた瞬間、場の空気が張りつめた。先ほどまでニコニコしていたサラが苦虫をかみ潰したような顔になり、また晴乃がうつむいてしまった。

「おまえのそういうところが腹立つんだよ」

 空気を破ったのは湊人だった。健太は一瞬あっけにとられた顔をしたが、すぐにぎゅっと眉根をよせた。


「何が腹立つ言うんや」
「周りの人間の気持ちも考えずに、そうやって平気でふざけてヘラヘラしてるとこだよ」

 湊人が声を荒げると、健太はますます眉を吊り上げて湊人につめよった。

「おまえに俺の何がわかるていうんや」
「わかるわけないだろ、他人なんだから」

 無下にそう言い放つと、彼は湊人の胸倉をつかみ上げた。湊人は抵抗しなかった。健太はこぶしを震わせながら湊人を睨みつける。
「……おまえのそういうとこがむかつくんや。いっつも悟りきった顔で、自分だけわかってますみたいな言い方しよって……」

 晴乃が息を飲むように見つめてくる。するとその視線に気づいたのか、健太はぱっと手を放した。

「どうせおまえは……俺のことわかりたいとも思わんのやろ……」

 そうつぶやくと、健太は防具一式を担ぎなおしてその場を離れた。サラが晴乃に何やらつぶやき、健太が走って行った先を指さす。晴乃は戸惑いながらも彼の背中を追っていく。取り残された湊人と悠里が、一瞬顔を見合わせて気まずそうにうつむく。

「……自分のこともわからないのに、健太の気持ちがわかるわけないだろ」

 ひとりごとのつもりだったけれど、悠里の薄茶色の瞳がじっと湊人に注がれていた。

「……そんな寂しいこと言わんといて? あたしらも篠原くんも、坂井くんのこと、わかりたいと思てる。でも坂井くんは何にも言うてくれへん。そんなん、一緒におるのに寂しいやん?」

 悠里が目の前に立っているのに、ずっとずっと遠くに感じる。手を伸ばせば触れられる距離なのに、それができない。

 風になびくこげ茶色の髪も、焦がれたこの不思議な瞳も、遠く遠くかなたに感じてしまう――

 音楽なしに人と分かり合うなんてことが、自分にできるのだろうか――