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川はきらめく

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新たな流れへ


 五年の月日が流れた。
 今日は奈美と亮太の晴れの日。五年間、遠い距離を隔てながらも愛を育み、亮太の本社勤務を機にようやくこの日を迎えた。
 大変残念なことに、この日を楽しみにしていた健吉は、昨年この世を旅立った。健吉の人がらを慕う人たちに看取られ、眠るような最期だった。
 式に招かれた弘子は、健吉の遺影をバッグに忍ばせ式場に向かった。そして、その隣には岡島幸雄が寄り添っている。
 半年前、奈美の
「弘子さんたちもいっしょにダブル挙式なんてどう?」
なんて冗談とも本気ともとれるそんな申し出に、
「冗談はやめてちょうだい!」
と真顔で言い返した自分が恥ずかしい。
 五十二歳で新しい家庭を持つなんて、弘子は夢にも思っていなかった。それも八歳も年下の岡島幸雄と。
 最初の結婚では失敗し、次に求婚された相手には先立たれ、弘子はもうおひとり様の老後を迎える覚悟はできていた。
 それが昨年の夏の事だった。
 
   * * * * * * * *
 
 その日は、夕方から台風の影響で激しい雨が叩きつけるように降っていた。さらに夜勤を終えた明け方には、雨風共にピークを迎えていた。
 しばらく様子を見ていたが、風雨は衰えず、弘子は途方に暮れた。悪いことは重なるもので、こんな時に体調がすぐれなかったのだ。すぐにでも家に帰って横になりたかった。
 ちょうどそこへ、いつものように幸雄が配送に訪れた。玄関わきで足止めされている弘子に気づいて声をかけてきた。
「ひどい雨だね、台風だから仕方ないか。あれ、弘子さん 顔色悪いね。具合でも悪いの?」
 弘子は幸雄の配送車の助手席に乗せられ、アパートまで送ってもらうことになった。相変わらず雨は激しく降っている。
 アパートに着くと、幸雄のカッパで頭からスッポリ包まれ体を支えられながら、何とか部屋までたどり着いた。しかし、玄関に入ると弘子はその場に座り込んでしまいもう動けなかった。そんな弘子を部屋まで移動し、何とか布団に寝かせ、幸雄は残りの配達に出かけて行った。
 台風の影響で配達件数は少なく、早く仕事をあがると、幸雄は薬局とスーパーで買い出しをして、再び弘子のアパートに戻ってきた。もうその頃は雨も小降りになっていた。
 高熱で苦しそうな弘子に薬を飲ませ、氷枕で頭を冷やし、おかゆを作りメモを残して部屋を出た。ひとり住まいの女性の部屋に出入りするのは近所の目もあり、気が引けるようで、幸雄は足早にその場を去った。
 
 翌朝、目を覚ました弘子は、テーブルの上のメモを見つけた。
『困った時は連絡ください 岡島』
 そして電話番号が書かれてあった。まだ頭は重く体中が痛い。でも熱は下がったようで昨日よりは楽になっていた。
 幸雄が作ってくれたおかゆを温めながら、弘子は昨日の事を思い出した。
 とにかく辛くて、幸雄にされるがままに家までたどり着いた。ひどい雨だったが自分はさして濡れなかった。代わりに幸雄はずぶ濡れだったに違いない。
 おかゆを食べ、昨日幸雄が買ってきてくれた薬を飲むと、生き返ったように元気が湧いてきた。
 窓を開け、台風一過の陽射しを浴びながら、弘子は思った。
 ひとりでは生きていけない――
 そう身に染みた出来事だった。
 
 幸雄は仕事を終えると、弘子のアパートに向かった。弘子からは何の連絡もなかったが、気になるので様子を見に行くことにしたのだ。
 悪い事をするわけでもないのに、何となくあたりを気にしながらチャイムを押した。ドアを開けた弘子は思ったより元気そうで幸雄は安心した。何度も礼を言う弘子の体調を気遣い、上がってくれというのを固辞して幸雄はアパートを後にした。
 数日後、すっかり回復して仕事に復帰した弘子から、今夜、夕食を食べに来てほしいと幸雄に連絡があった。ささやかなお礼の夕食会である。
 ふたりは、弘子のアパートの狭いダイニングで向かい合って席についた。
「家庭料理か……メシはひとりで食べるもんじゃないよな……」
 久しぶりの安らいだ食卓を前にした幸雄のこの一言で、互いの身の上話が始まった。
 
 それからほどなく、ふたりは少し広いアパートで共に暮らし始めた。
 恋とか愛とかの感情というより、互いに支え合う相手を求めてのことだったのだろう。それは年齢的なものかもしれないが、奇しくも同じ時期に人生の辛酸をなめ合った者同士が出会い、相通じるものを感じた当然の成り行きとも言える。
 もちろん、息子の渉にも紹介した。二十五歳になっていた渉は前の時のような反発をすることはなかったが、代わりにこう言った。
「僕のお父さんに報告しに行かなくちゃね。お墓でしか会ったことのないお父さんに」
 こうして毎年、高橋洋介の墓には、幸雄も加わり三人そろって墓参りをする姿が見られるようなった。
 
   * * * * * * * *
 
 式場の帰り道、弘子と幸雄は引き出物を手に、いつもの川べりを歩いていた。
「いいお式だったわね」
「そうだね、俺たちもやろうか?」
「まさか! この歳で」
「じゃ、籍を入れよう、歳には関係ないだろう?」
 ただ、ともに暮らせるだけで十分だと思っていた弘子は、喜びをかみしめるように川の流れに目をやった。
(春田さん、あなたのおかげでみんな幸せにたどり着けました。本当にありがとうございました)
 バッグの中で、写真の健吉はやさしく微笑んでいるだろうと弘子は思った。
         

                      終
作品名:川はきらめく 作家名:鏡湖