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①銀の女王と金の太陽、星の空

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第二章 黒装束の男



先程まで乗っていた馬車が、燃えている。

その紅い炎が、暗くなり始めた辺りを照らしている。

連れてきた近衛50人は全て狼に襲われ、負傷して闘えない。

彼らの馬は辛うじてその場に留まっているが、かなり動揺している。

残る戦力は、太陽のみ。

太陽は、見事な剣さばきで襲い来る狼を退け、私をひとりで守っている。

けれど、まわりを狼の群れに取り囲まれ、身動きが取れない。

たぶん、狼の数はそんなには多くない。

10頭程度ではないかと思う。

けれど、統率が完全にとれていて、まるで軍隊のように動く。

太陽が私を背中に隠し火剣を構え直した瞬間、突然強い力で体が引っ張られ、私は宙に浮く。

一瞬で、腰を紐に絡めとられたようで、そのまま高い位置まで一気に引き上げられる。

そして、力強く後ろから抱き止められた。

「!!」

そこは高い木の上だった。

太陽が遥か下に見える。

「聖華!!」

太陽の声が遠い。

「さすがだね、女王さま。悲鳴もあげなけりゃ暴れもしない。」

頭の上から、艶やかな低い声がする。

そう、幼い頃から帝王学を学んできた私は、窮地に陥っても悲鳴をあげたり暴れたりしない。

どんな時も、状況を冷静に正確に判断することを身に付けさせられる。

男は私を太い枝に立たせると、紐をほどいてくれる。

その姿は黒装束で口許まで覆われているため、闇に紛れ、よくわからない。

ただ低い声と立ち姿から、若い男性だろうと想像するのみだ。

「手荒な真似をして、悪かったね。」

飄々とした口ぶりの為、不思議と恐怖心がわかない。

「あのままだと危険だから、おまえを守るためなんだ。」

言いながら彼は再び私を抱き上げる。

背の高い男に抱えられ、枝が上下に揺れたため、思わず彼にぎゅっとしがみついた。

「貴様!聖華を傷つけたら切り刻んでやるからな!」

太陽は怒り狂っているが、完全に狼に包囲されてしまっている。

黒装束の男は、木の枝に立っているのに、まるで地上に立っているかのような安定感で私を抱いている。

そのため私はすぐに高さと揺れに慣れ、体を彼から離すことができた。

私は、彼のその切れ長の黒い瞳を見つめた。

「私を危険から守るって…あなた方が『危険』なのでは?」

すると、黒装束の男はその瞳を三日月に細める。

「判断が悪いな、女王さま。」

(判断が悪い?)

その黒い瞳を覗きこむと、黒装束の男はチラリと斜めに私を見る。

鼻まで黒い布で覆われている上、薄暗くてよく見えないけれど、恐ろしいほど端正な顔立ちであることは想像できた。

そしてその切れ長の黒い瞳が、今まで出会ったことがないくらい妖艶な色気をまとっていて、一瞬で心を絡めとられてしまう。

「私情は棄てて、よーく冷静に判断してみな。」

低い艶やかな声は、私のからだの奥底を撫で上げるように艶っぽく響き、背筋に甘い痺れが走った。

(な…に、これ…。)

これ以上惑わされてはいけない、という警告と、彼になにもかも従いたい、という衝動が葛藤し、私は理性を保つのがやっとだった。

そんな私の様子を見て、男は軽くため息をつく。

「さすが帝王学を身につけている優秀な女王さま。理性を保てるんだ。」

気怠げに呟くと、彼は私から視線を外す。

「今後、俺の瞳を見るな。」

言いながら彼は親指と人差し指を私の口の中に押し込んだ。

「噛んで。」

言われるがままに彼の指を噛むと、プチっと何かが弾け、その瞬間ミントの香りと味が口腔内に広がる。

その香りと味は、口だけでなく目頭からも耳からも鼻からも抜けるようだ。

「これで、術が解けたでしょ。」

(術?)

涙目になりながら小首を傾げると、彼は太陽を見据えたまま呟く。

「これからが本番。」

太陽はいつのまにか、黒装束の男四人に取り囲まれていた。

「太陽が標的なの?」

私は黒装束を強く握りしめながら、彼の瞳を覗きこむ。

「目を見るなって。」

彼は私が瞳を覗き込まないように私を後ろから抱き締めると、頭に顎をのせてきた。

「なぜ、太陽を狙うの?」

四人を相手に互角に戦う太陽を見下ろしながら言うと、男はふっと切れ長の瞳を三日月に細めた。

「お試しさ。」

(お試し…?)

質問すると答えてはくれるけれど、その答えが言葉足らずでよくわからない。

「あ~あ…ま、あいつらならこんなもんか。」

耳の横で響いた低い声とため息に、また体の奥にぞくりと甘い痺れが走り、私は体を一瞬ふるわせた。

なぜか身体中が熱を持ち、呼吸が浅く早くなる。

(なんなのかしら、これ!)

「あー…、ごめん。はい、噛んで。」

その言葉と同時に、口の中にまた指を入れられる。

「…んっ。」

口の中にミントの香りと味が広がった瞬間、私は横抱きにされ、そのまま男は木から飛び降りた。

(う…嘘!?)

体が浮いて男から離れてしまいそうになり、思わず男の首にしがみつく。

すると男は私を抱く腕にグッと力を入れ、私の恐怖心を和らげるように守ってくれた。

数秒後、黒装束の男は私を横抱きにしたまま軽やかに地面に飛び降り、私をゆっくり立たせる。

「立てる?」

その心配通り、膝が笑ってうまく立てない。

「ぷっ。」

黒装束の男は吹き出すと、そのまま再び私を抱き上げた。

「貴様!!」

獰猛な獣のような掠れた声に驚いてそちらを見ると、太陽が見たこともない形相でこちらを睨んでいる。

見れば顔も体も傷だらけで、両腕を黒装束の男二人に捕らえられ、喉元に刃物を突きつけられていた。

けれど、よく見れば太陽を捕らえている男たちのほうが太陽よりも深傷を負ってそうだ。

その太陽たちの周りを狼がぐるりと囲み、座っている。

狼たちの視線は、私を抱いている男に注がれているようだ。

私はごくりと喉を鳴らすと、太陽を見つめながら、男の襟元をぎゅっと掴む。

「さすがだね、ひとりでこれだけ戦えるとは。」

相変わらず、緊張感のない飄々とした口調で彼は言う。

「聖華を離せ!聖華に危害を加えるなら…」

「んなこと、しないよ。」

身体中から、まさにフレアのように怒りのオーラを立ち上らせる太陽に対して、黒装束の男は冷ややかに言葉を遮る。

「そんなことしたら」

いったん言葉を切って、切れ長の瞳を三日月に細める。

「おまえに今度こそ、皆殺しにされるでしょ。」

その瞬間、男は恐ろしいほどの殺気を放ち、暗闇なのに鳥たちが一斉に飛び立った。

「…。」

暗闇でも、太陽の顔が青ざめるのがわかった。

その殺気は尋常でなく、この男がどれだけ強いのか誰もがわかるほどだった。

太陽を捕らえている男たちもその恐ろしさに、表情が強張り、狼たちは耳を下げ目をそらす。

ただ、男に抱かれている私だけは、彼の腕の優しさや温かさのおかげか、その恐ろしさを感じていなかった。

「…おまえ…忍の里…星一族の新しい頭領、空(そら)だな?」

太陽が睨みながら、絞り出すように掠れた声で言う。

男は無言だが、否定しないということはその通りなのだろう。

「2年前の、仕返しか?」

(2年前…。じゃあこの人たちは反乱の…?)