おいしいね
女性は、女の子が取ったサーモンの握り寿司の皿と箸を隣に取ると 両手を合わせた。
女の子も真似して両手を合わせると一緒に呟いた。
「「いただきます」」
「おかあさんも サーモン食べようかなぁ。かなちゃんと半分個しようかな?」
女の子は、ひとりでいっぱい食べて見せるつもりだったが、母親との半分個は 特別のように嬉しかった。
「ママもいいよ」
「まぁ、ありがとう。うん、おいしい」
「わたしも。おいしい」
「ねえ、茶碗蒸しと穴子頼んで」
「一個ずつでいいのか?」
男性は、レーン越しに注文をした。
「すみません。茶碗蒸しと穴子と中トロといかシソ」
「え? あらら……」
反応とは違って笑う妻に気をよくして 赤ん坊の頬をつついた。
一瞬べそをかきそうになった赤ん坊に 男性も女性も息をひそめた。
女の子もその様子は度々目にしていたので 人差し指を口の前に当てしぃーとしてみせた。
愚図りかけた赤ん坊は、泣きだすこともなく 男性の腕にゆったりと抱かれていた。
母親に冷ましてもらった茶碗蒸し、初めて食べる寿司ネタも 母親とならば楽しく食べた。
なんでも食べれば、おねえちゃんになったこと、いい子にしていたことを見てもらえると思ったからだ。
「あぁ、おなかいっぱい。かなちゃんもたくさん食べたねぇ。さすがおねえちゃん」
「今度は、たっちゃんも食べれるといいね」
「そうだな。でも、それまでにまた来よう。香奈がいっぱい食べてくれて良かったよ」
「もういい?」
「ちょっと待った! 最後の〆は味わいたいが 流れてこないなぁ」
男性は、赤ん坊を妻に抱き渡すと 注文を入れた。
「すいません。茄子の浅漬け」
まもなく 届いた茄子の浅漬けの寿司を男性はにこやかに食べ終えた。
「「「ごちそうさま」」」
男性は、席を離れ会計へと向かった。
「かなちゃん、このバッグ持てるかな?」
「だいじょうぶ。持てる!」
女の子は 弟のオムツなどがはいったママバッグの持ち手を肩から下げ、弟を抱っこした母親の前を歩いた。とても誇らしげなその顔を入り口で待つ父親は見ていた。