おいしいね
「さて、まぁなんの祝いというわけではないけれど、みんな元気で過ごしましょう」
男性の挨拶に女性は、「はい、いただきます。あぁお腹空いた」とさっそく口に入れた。
女の子は、目の前にある光るほど黄色い玉子の寿司をじっと見つめていた。
「香奈?」
「おいしそう。いただきま…」
手を合わせる仕草に言葉は切れてしまったが、じょうずに持てるようになった箸で玉子に挟み、皿の端に口を近づけて齧った。まだ 女の子には長い箸の所為で ほとんど指で口の中に押し込んでいた。
「おいしいね。ママもおいしい?」
「おいしいわよぉ。おかあさんが食べると たっくんもおいしいーって言ってくれるかなぁ」
「たっくんは食べてないよ。たっくんはミルクだもん」
「そうね。でも そうなのよ。ねぇー」
胸元に抱かれた赤ん坊が 目を開けて女性の食べるのを見上げていた。
「うん、久し振りに旨い」
男性は、すでに三皿を取り、胃袋へと片付けていた。
「わたしも取りたい」
「そうかぁ? じゃあどれにする?」
レーンの横に座っているとはいえ、女の子が皿を見定めるには上半身も首も伸ばさないといけない。
「あ、きた!」
女の子が立ちあがりながら手を伸ばした。うすい橙色の魚の皿だ。男性は、皿を落とさないように見守りながら離して手を添えた。
「両手で取りなさい」
女性も横から声援した。
自分の前に皿を置いた女の子は、ふたつの満足に上がった頬がなかなか戻らなかった。
「香奈はサーモンが好きなのか?」
頷く娘をほほえましく見つめる四つの目は穏やかだった。
女の子は、母親の笑顔に照れた。
いつもの淋しさが解けていくように口元をきゅんと結んで目を輝かせた。
「おかあさんもゆっくり食べたいだろ? 達也、抱っこしていてやるから食べろよ」
男性は席を立ち、赤ん坊を抱き取った。
「かなちゃん、おかあさんの方へ来る?」
女の子は、父親の顔を見た。「行っておいで」と頷く父親の横をすり抜けて 母親の横に座った。