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おいしいね

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待合の席に腰かけている女の子が、まだ床に届かない足をぶらぶらと動かしながら にこやかに店内を見ていた。
「ほら、足をばたばたしないの。誰かにあたったらいけないでしょ」
隣にすわる母親に膝っこぞうを押さえられ足を止めた。
女の子は、「あ、しまった」という表情で足を下げたまま、膝っこぞうの所為だといわんばかりにポンと叩いた。


弟が生まれてお姉ちゃんになった女の子は、ここ数カ月でずいぶんと生活の中で変わってきた。母親が戻ってくるまで 父親と過ごした時間。父親が仕事に出ている間の保育園で過ごす時間。そして、母親と一緒にきたちいさくてやわらかな弟との時間。どれもが女の子を成長させた。
母親にくっついて膝の上に甘えても、弟の泣き声は終了の合図のように母親から離れた。
ご飯を食べていても母親の笑顔は 急に後ろ姿に変わった。
仕事から帰った父親も「ただいま」と言って 女の子の頭をポンと撫でると男の子のベッドへと向かう。
少しばかりの淋しさは、女の子に笑顔を作らせた。
父親と母親が大切にしている小さな者。女の子もいっぱい弟に優しく接した。


しばらくして、女性店員が片付けられた席に案内した。
テーブルをはさみ向かい合わせに座った。
父親と娘。向かいの側には母親と息子。誰もが納得する配置だ。
女の子は、ずっと母親の顔を見ていられることが 少し嬉しかった。にこりと笑った。
「嬉しいか? 香奈(かな)は、お寿司屋さんは初めてだったな」
男性が言うと、女性は「あら、あかちゃんの時に来ているわよ」と言った。
「でも かなちゃんは まだ食べられなかったわね。今日はいっぱい食べていいのよ」
「そうだったか……。香奈の生まれた時も寿司屋だったかな。おかあさんお疲れさん」
男性は、妻と娘と自分の箸と醤油入れの小皿を用意した。
「お茶はどうする?」
「かなの分を作って冷ましておいて。私はあとで作るわ」
「わかった。おっ、玉子が流れてきた」
男性は、女の子の目の前から腕を伸ばし、玉子の握り寿司が二個乗った皿をレーンから取り女の子の前に置いた。
「あ、その海老取って」
女性の視線の先の蒸した海老の握り寿司に手を伸ばし取り置くと、自分の分の皿を取った。

作品名:おいしいね 作家名:甜茶