蒼き王の譚歌(たんか)
「それが私の愛し方だよ。理解してくれなくていい。愛し方なんて、それぞれだ。――私にとって重要なのは、王(わたし)を斃しに来た君は、幕を下ろす者だということだけだ」
王の瞳は穏やかな海の色をしていた。ヒューイアスはその深い色に飲み込まれていた。自分と同じ、蒼い瞳に。
「昔話をしよう。私には愛した女性がいた。私は彼女に革命を打ち明けていた。だが、彼女は私を卑怯者だと言ったよ。私はもっと王として足掻(あが)くべきだと。彼女は私の良き理解者ではあったけれど、決して賛同者ではなかった」
――王は何を言っている?
ヒューイアスは唾を飲んだ。
「彼女は侍女だった。私の子を身籠っていることが公になると彼女の身が危うくなる。だから王宮を出るように言った。彼女は辞するとき、一つの約束をくれた。私が足掻(あが)いても力が及ばなかったとき、救いをくれると。幕を下ろす者を遣わせてくれると」
――母は、王に弄ばれて捨てられたのだと、ずっと信じていた。憎き男の仇をとって欲しいと願っていたのだと。
「は、ははは……。俺がやってきたことは何だったんだ! とんだ茶番じゃねぇかよ?」
ヒューイアスは剣を投げ捨てた。
それを見た王は大きく頭(かぶり)を振り、静かに近づいてきた。
そして、ヒューイアスの肩を掴む。
「違うだろう? 君は君の理想のために、私の前に現れた。君は君で、私とも彼女とも違う。――そうだろう?」
鎧を通してなお、王の手の力強さを、重みを、ヒューイアスは確かに感じた。
「革命の志士よ、君の手で私の首を落とし、そのバルコニーから掲げて欲しい。それで近衛隊の者たちも剣を鞘に収めるだろう。さあ……、これ以上、無益な血が流れないうちに」
王は跪(ひざまず)いた。軽く頭(こうべ)を垂れると、長い銀の髪がはらりと流れた。
「願わくば、君をこの手に抱(いだ)きたかった……」
ヒューイアスは……一条の光を疾らせた。
――――君は、どんな世界を望む?
誰もが、ヒューイアスを〝革命の英雄〟と謳(うた)った。
ヒューイアスを讃え、握手を求める人々の波から抜け出し、やっと辿り着いた。
彼は安堵の溜息をつきつつ、孤児院の扉に手をかける。
子供たちはもう眠っているのであろう。シルティアが一人、クッキーの袋詰めをしていた。彼女は昼間はパン屋に働きに行き、夜は子供たちの面倒を見ていた。
瞳一杯に涙を湛えながら駆け寄ってきたシルティアを、ヒューイアスは抱きしめた。
「シルティア……」
何を言ったらいいのだろう。何から言ったらいいのだろう。
王さえ斃せば、それでいいのだと信じていた……。
彼女の背に回した手が、小刻みに震えている。
「ヒューイ……?」
不思議そうに小さく呟くと、シルティアはヒューイアスの抱擁から抜け出した。愛しむように彼の手を取ると、自分の両手でそっと包み込む。彼女の温かさが、ゆっくりと彼の心を満たしていった。
ああ――と、ヒューイアスは思った。
ただ、空(くう)を掴むだけのこの手を見ることに、耐えられなかっただけなのだ。
だから願った。
シルティアが、子供たちが、誰もが、淋しくないように……。
「――そんな世界を、俺は誓うよ」
ヒューイアスは身を屈めて、自分を包むぬくもりに優しく口付けた。
作品名:蒼き王の譚歌(たんか) 作家名:NaN