即興でなんか書いてみろ@自分への挑戦状1
”物語を物語たらしめているのは物語自身ではなく、それを読み感動し広める人の力だ”
――そんな事は、ずっと前から知っている。
僕は美術の時間が大好きだった。
白紙のキャンバスに夢中になって絵具を塗ったくり、
スケッチブックに思うままに鉛筆を滑らせ、
出来上がる有象無象の化け物どもをその想像の中で自由自在に動かし、
それを誰かと共有しようとした。
それを誰かに褒められようとした。
でも、僕の作品は理解されなかった。
僕の生み出す、僕を僕たらしめる要因は、他の誰にとっても”どうでもよかった”。
誰かの感動を強烈に引き出すものでもなければ、
誰かの大切なモノを強烈に否定するようなものでもなかった。
プラスにもマイナスにも振り切れていない僕自身のパラメータは間違いなく0だった。
無価値だった。
よく言えば「伸びしろがある」んだそうだ。
僕自身に価値は無く、誰かに評価されるような形での努力を続ければ、
きっと僕は偉大な作家にもなれるだろうという声もあった。
僕は体育の時間が大好きだった。
全身の全力でなにかに打ち込み、勝ったり、負けたり。
勿論勝つ事が楽しかった。勝つために努力した。
特にサッカーは、6年もの長い間、思うままにプレーした。
よくデュフェンスを任された。
僕自身は得点する機会の与えられるフォア―ドをしたかったけれど、
僕にはドリブルする器用さは無かったし、
仲間を見てパスを送る観察能力も無かった。
チームプレーには向いていなかったし、ゴール前にいけばテンパってシュートを外す、そんな奴だった。
でも、後ろからでも得点に繋がる行動は出来る、と、キック力を磨いた。
相手のドリブルを止める術を考え、必死でうまい子のプレーに食いついた。
だが、どうやら、
「そんな練習方法ではいつまで経っても上手になれない」
「おまえには責任感が足りない」
「おまえには努力が足りない」
らしい。
僕から発生した努力はそのどれもが無駄で無価値なのだと、僕は気づく事になる。
僕の生み出した怪物は全く無価値だった。
そんなまやかしよりも、どこかの神話に出てくる、よくもわからない生物の特徴を反映した、
落書きみたいなキャラクターがバカ売れしまくった。
僕が編み出した必殺シュートは、セオリーから外れた勝率の低いギャンブルで、
そんなことをするくらいなら味方にパスを送るのが賢明なんだそうだ。
そうするのが、「評価されるサッカー」なんだそうだ。
僕は僕である必要性が全く無かった。
僕は今でも無名だし、相変わらず僕には友達が少なかった。
役職にあるべき仕事や責任を果たしていれば、それが僕である必要性はまるで無かった。
そんな状況が息苦しくて、まるでTシャツのボタンを外すかのように、
いつからか絵を描かなくなった。サッカーもしなくなった。
他にも好きだったボードゲームをしなくなり、トランプを捨て、
漫画を捨て、小説も書かなくなり、……没個性な今の僕が生まれた。
一つ目のボタンは意味があったかもしれない。
確かに息が楽になった。肩の荷が下りた気分だった。
でも、二つ目以降は……?
もうなにもわからない。違いがあったのかどうかさえ。
二つ目以降からの僕に変化はあったのだろうか。
同じ事の繰り返しでマンネリ化した、逃走という解決方法では、僕はもう助かりはしない。
窒息したくなければ、なにか別の方法を探さなければならない。
胸元をはだけるだけではまともに息もしなくなったこの[[rb:肺 > 惰性]]に、
僕はどんな[[rb:酸素 > 大切なモノ]]を与えれば良い?
「将来僕は、絵描きになりたい!」
「サッカー選手になる!」
「小説家に」
「プロ棋士に」
「マジシャン」
「……」
「……」
誰も求めない。誰も必要としない。それが僕であろうとなかろうと、誰も気にしない。
僕でない誰かが僕と立場を交換しても、
あるいは僕自身が僕意外の誰かに成りすましても、
役割さえ果たしていれば気にも止められない世界。
これが、生きるという事。
これが、大人になるという事。
この物語に救いは無い。
この物語に、価値は無い。
ならばきっとこの物語は人の記憶には残らない。
語り継がれない。
ならばきっと増版するまでも無い。
”生まれた時から絶版の物語”
なんだかおかしくなって、僕はしばらく笑ったんだ。
救いなんて、あろうはずもなかった。
「貴方を救ってあげる」
とても透き通った声がして、僕はハッとする。
上半身を起こしてみて初めて自分が寝ていた事を自覚し、
周囲を見回して初めて自分が一面真っ白のだだっ広い空間にいる事を知った。
「おはよう、××××。よく眠れた?」
「……?」
僕は違和感を覚えて首をかしげる。
「あら?××××、どうしたの?私もしかして、名前間違えた?」
「××××って、誰?」
「貴方の事よ。そのはずだけど……」
困惑した様子、ではなく、なぜだか少女は超然としていて、それでも首をかしげて訊ねる。
「じゃあ、貴方は一体誰なの?」
不意にクスクスと少女は笑ったのだった。嗤った、のかもしれない。
それが妙に心地良いのは、彼女の容姿が小学生の頃に一目惚れした女の子が、
そのまま2,3年成長したような姿だったからなのか。
それとも僕自身、可笑しいと思ったからなのか。
よくわからなかった。
それでもその子が僕の名前を呼ぶのに違和感を覚えたのは、
未だかつて、一度もその名でその子に呼ばれた経験が無かったからなのかもしれない。
「あら、現実の私は貴方を苗字で呼んでいたのね」
それとも、僕の名前を呼ばれた事それ自体が久しいためかもしれない。
最後に名前を呼ばれたのは一体いつだっただろうか?
「まぁ、そんなつまらない話は置いといて」
「つまらない話かよ」
「ええ、つまらないわ。ここには私と貴方がいる。その事実だけあれば十分。
他の誰かが持ち込んだ概念や思想なんて必要ないの。
貴方がどう思うかが大事。貴方がどう感じるかが大事。
だから名前なんて無くてもいいの。貴方は貴方が名乗りたい名前を名乗ればいいし、
貴方が呼びたい名前で私を呼べばいい」
「さっき君は、『現実の私は』って言ってたけど……」
「察しの通り、私は想像上の産物だよ。貴方が生みの親」
「それにしては僕の思い通りにならなさすぎる気がするんだけど」
「夢なんてそんなものよ」
やはり少女の声は超然と、淡々としていた。
そういえばこの少女の名前は……?
「僕はあんたを、なんて呼べば良い?」
「聞いてなかったの?好きに読んだら良いわ」
「だから僕は君の答えを求めている」
「ん……?どういうこと?」
「僕が呼びたい名前は、君が呼ばれたい名前だ」
「ああ、なるほど」
ぽん、っと手を打つ。夢にしては、なんだか既視感の無い新鮮な風景だ。
「なら私を”アイ”と呼んで。貴方が小さい頃書いていた物語のヒロインの名前で」
……すごく恥ずかしい事を、本当に淡々と言う少女だ。
「わかったよ、アイ」
僕が名を呼ぶと、くすぐったそうに眼を細めたその少女を見て、僕はひとつ疑問に思う。
「これが全部僕の想像の産物なら、僕は現実の方の君にも同じ態度を求めていたことになる、のかな?」
作品名:即興でなんか書いてみろ@自分への挑戦状1 作家名:ふまさきはじめ