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平凡の裏側

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恋模様

      
 楽しみにしていた土曜日がやってきた。朝早くから支度をして、すっかり準備が整った梨央は、二階にいる兄を呼んだ。
「お兄ちゃ~ん! まだー!」
「今、いくよ」
 ふたりで肩を並べて歩く駅までの道、いつもの制服姿ではないので、梨央はなんとなく気恥ずかしいような感じがした。そして、照れ隠しに梨央はしゃべり続けた。
「ねぇ、お兄ちゃん、学園祭って何が一番面白い?」
「そうだなぁ、いろいろあるけど、梨央なら食べ物の出店なんか気に入りそうだな」
「ひど~い、神社のお祭りじゃないんだから」
「お祭りには変わりないさ、大学のお祭りなんだから」
「それはそうでしょうけど、私はもう子どもではないって言ってるの!」
「じゃあ、大人?」
「そうではないけど……お兄ちゃんのいじわる!」
「ごめんごめん、ご機嫌を直してくれる? 姫」
「姫もやめて、って言ったでしょ!」
「そうだったね、じゃ、梨央!」
 隼人はそう呼んで、腕を組めるように肘を突き出した。梨央はうれしそうに、隼人の腕に飛びついてとびっきりの笑顔を向けた。
(なんてかわいいんだろう……)
 隼人はそんな妹梨央が愛おしくてたまらなかった。
 
 
 大学に着くと、その華々しい飾りつけや、大勢の若者たちに梨央は圧倒された。若さからくる熱気で空気まで熱く感じられる。人垣をかき分けるように歩いていると、ひとりの学生が声をかけてきた。
「浅井! こっちこっち」
「加納の奴、目ざといな」
 こんな人混みの中からよく自分に気づくものだと隼人は感心した。
「お、こちらがご自慢の妹君ですか」
「こいつは悪友の加納亮太」
「おい、そんな紹介の仕方はないだろう! ま、いいか」
 梨央はちょこんと頭を下げた。
「ああそうだ、今、橘明日香が探してたぞ。早く行かないとご機嫌そこねるぜ。東棟の噴水のあたりで会ったよ」
 隼人はまるで聞こえなかったかのように、梨央に言った。
「梨央、学園祭のショーを見に行こう。じゃ、加納また後でな」
 そう言って隼人は梨央の腕をつかんで歩き出した。
「おい、橘が東棟の方で探しているって。そっちじゃないぞ!」
 後ろから加納の声が飛んできたが、隼人はお構いなしに歩き続けた。
「お兄ちゃんいいの?」
「ああ、いいんだよ」
 
 テレビで見たことのあるタレントのショーは梨央を喜ばせた。目を輝かせ、周りと一体となって声援を送るその姿に、隼人もともに楽しい時を過ごした。次は何を見に行こうかと、その場を離れようとした時、ひとりの女子学生が道を塞いだ。
「浅井君! 私が探していること、加納君から聞かなかった?」
 橘明日香が、濃いメークの付け睫毛を瞬かせ、睨みつけている。
「あ、忘れていたよ。何か用?」
 隼人はそっけなく尋ねた。
「それはないんじゃない! 今日の学園祭は一緒に回ろうって言ったじゃない!」
「俺はそんな約束した覚えないよ」
 一週間ほど前、明日香が勝手にそんなことを言っていたが、承知をした覚えはなかった。
「まあいいわ、今からでも」
「ちょっと待てよ、そんなこと勝手に決めるなよ」
 不安そうにその会話を見つめている梨央に、
「大丈夫だから、心配するな」
と、隼人はやさしく声をかけた。
「あら、妹さん?」
 付け睫毛の女に圧倒された梨央は、消え入りそうな声で、
「はい」
と答え、隼人の陰に隠れるように寄り添った。
「ああそうだよ。そういうわけだから悪いな」
「私は三人だっていいわよ」
 そこへ、数人の男たちが近寄ってきた。
「あの、去年のミスK大の橘明日香さんじゃありませんか?」
「ええ、そうよ」
「わー、やっぱりそうだ。写真撮らせくれますか?」
「ええ、まあ、別にいいけど」
 明日香が男たちに囲まれているうちに、隼人は梨央の手をひいて素早くその場を後にした。
「お兄ちゃん……」
「ごめんな、嫌な思いをさせて」
「あの人、綺麗な人だね」
「そんなことないさ、梨央の方がう~んとかわいいよ」
 
 
 一日、大好きな兄と二人きりで楽しい時間を過ごした梨央は帰り道、満足そうに隼人を見上げた。
「お兄ちゃん、とっても楽しかったよ」
「俺もだよ、梨央」
 でも、梨央の中には明日香という女子学生の存在がしっかりと残っていた。
(あの人、お兄ちゃんのことが好きなんだわ)
 誰にも取られたくない、そう思って梨央は隼人の腕に飛びついた。
「疲れたのか? 負ぶってやろうか?」
「子どもじゃないもん!」
 そう言って手を放し、すねるように背中を向けた。そんな梨央の両肩に、なだめるように両手を置くと、顔を覗き込みながら隼人が言った。
「そうだな、じゃ、しりとりをしながら帰ろう」
「だから、子どもじゃないって!」
 じゃれあうように歩く二人の背中を夕陽がやさしく包んでいた。

作品名:平凡の裏側 作家名:鏡湖