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平凡の裏側

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幼い恋心

     
「お兄ちゃん、次の日曜だよね、楽しみだなあ~」
 朝食のパンを頬張りながら、梨央は隼人に言った。
「本当に連れて行ってくれるよね! 約束だからね!」
「わかったよ、姫。遅れるから早く食べな」
「もう、姫はやめて! 恥ずかしいよぉ。梨央でいいよ、梨央で」
「さ、俺はもう行くよ、梨央」
「え! 待って、お兄ちゃ~ん!」
 大学の学園祭の季節がやってきた。以前から梨央は、学園祭というものに興味を抱き行きたがっていたが、今年、初めて連れて行ってもらえることになった。
 大学ってどんなところだろう? 学園祭ってどんなことをするのだろう? 梨央は楽しみでたまらなかった。
 
 
 中学校の放課後、三階の教室の窓から、梨央は同じクラスの丸高広美と校庭を眺めていた。そこには、サッカー部や陸上部が練習をする光景が広がっている。
「ねぇ、梨央、B組の川島君てかっこいいよねぇ」
「広美、好きなんだ」
「いやー、そうズバリ言われると困るけど……」
「じゃあ、特に好きというわけじゃないんだ」
 梨央の意地悪な反応に、広美はこう応戦した。
「あのさー、梨央って好きな男の子とかいないの?」
「男の子はいないわね。中学生なんか子どもだもの」
「ええ? じゃ年上がいいの? アイドルとかスポーツ選手とか?」
「ジャ~ン」
 梨央は携帯を開いて見せた。そこには、隼人とのツーショットが収められていた。
「な~んだ、お兄さんじゃない」
「そうよ、私の王子さま」
「梨央は、ファザコン、じゃなくてブラザコンだったんだ」
 
 その日の帰り道、広美と別れ、もうすぐ自宅という道端で、梨央は後ろから声をかけられた。男の声だったので驚いて振り返ると、B組の川島圭太が立っていた。
「何?」
 圭太はゆっくりと近づいてくると、長身から見下ろすように言った。
「浅井さん、僕と付き合ってくれない?」
 梨央は大きな目を丸くして驚いた。さっき、広美と圭太のことを話したばかりだったからだ。そしてその時、広美が好意を持っているのもわかった。
「ごめんなさい」
 それだけ言うと、梨央は走って家へ帰った。
(どうしよう、広美にこんなことわかったら……)
 
 
 翌日、学校で広美と顔を合わせた梨央は、後ろめたさに思わず目を伏せた。広美に隠し事をしているからだけではない。友人が好きな人が自分を好きだ、そんな優越感をどうしても拭い切れなかったのだ。
 自分はなんてイヤな子なんだろう……そんな葛藤をしている梨央のことなど知らない広美は、その日の放課後、とんでもないことを言いだした。
「ねぇ、梨央。私、思い切って川島君に告っちゃおうと思って……」
「え!」
「ねぇ、どう思う? うまくいくと思う?」
 梨央にとってこれほど困る問いはない。
「う~ん……そうだね……バレンタインデーまで待ったらどうかな」
 苦し紛れに梨央は言った。
「ええ? 来年まで待つの?」
「だって、バレンタインってそのためにあるんでしょ?」
「そう言われればそうだね。じゃ、チョコレート作るの手伝ってくれる?」
「いいよ」
 とりあえず、時を稼いだ。
(それまでに、広美や圭太の気持ちが変わってくれればいいんだけど……)

作品名:平凡の裏側 作家名:鏡湖