平凡の裏側
秘めた想い
隼人は、学食でいつものように友人たちと談笑していた。するとその時携帯が鳴った。携帯を開いた瞬間、隣の席にいた加納亮太が覗き込み、おおげさに驚きの声を上げた。
「隼人、お前ロリコンだったのか!」
慌てて携帯を閉じて隼人は苦笑した。
「妹だよ」
亮太は、今度は声をひそめて言った。
「それって、もっとやばいんじゃないか?」
「何でだ?」
「だって、そのー」
「俺、妹がかわいくて、初めて携帯を持った時からずっと待ち受けは妹なんだ。その時妹はまだ小学一年だったけどね」
「兄妹仲がいいのはいいけどさ、もう中学生だろ? 待ち受けはやめた方がいいよ。そんな奴いないぜ」
「そうかな」
その日は、女子大生との合コンがあった。現在交際相手がいないという参加条件を満たしている隼人も、無理やり引っ張り出された。
男女五人ずつ向き合うテーブルで、乾杯とともにそれはスタートした。
自己紹介を終え、少し酔いが回ってきたところで、女子チームの質問が隼人に集中し出した。でもそれは、男子チームの想定内のことだった。なぜなら、ルックスで群を抜く隼人は、女子大生を集めるための広告塔のようなもので、ここからが、話術と優しさで女子たちの心をつかむ勝負の始まりだったのだ。
その戦いから、最有力な隼人を遠ざけるひと言を参加者の一人が口にした。
「隼人はこう見えて、彼女いない歴二十一年なんだよ」
この言葉は、多くの場合、女子をひるませる効果がある。
見栄えだけが良くて中身が空っぽな男、潔癖症などの独特な個性の持ち主、高望みが半端じゃない男、実は同性の方に興味がある等々。
隼人が小学一年の時だった。浅井家に大きな出来事が起こった。母、信子の妹、生田妙子が出産の時に亡くなったのだ。
早産のため未熟児ではあったが、子どもだけは何とか助かった。しかし、生まれてから籍を入れることになっていた相手の男は、母親の妙子が亡くなった上に、残された未熟児を抱えての生活にしり込みをした。そして、双方の話し合いの末、浅井家で養子として迎え入れることになった。
実は、信子は七年前、隼人を産んだ時に子宮に異常が見つかり、出産はこれが最後と医師に告げられていたのだ。もう子どもを望めない、そんな事情もあって照之と信子は喜んでその子を迎えた。そして、成人するまでは事実を伏せて実の子として育てることにした。そのため、夫婦は住まいを現在の場所に移し、親子四人で新生活をスタートさせた。
梨央と名付けられたその女の子は、隼人にとって何より大切な宝物になった。しかし、お兄ちゃんお兄ちゃんと言ってまとわりついていた少女もいつしか成長し、女としての片りんを見せ始めた。それに呼応するように隼人の中に、新たな感情が芽生え始めた。
決して、誰にも悟られてはならない梨央へ想い。果てなく続くであろうこの苦痛に耐えていけるだろうか……隼人の心はその奥深くで悲鳴を上げていた。