平凡の裏側
恋の迷路 その一
年が明け、二月、バレンタインデーの季節がやってきた。
梨央は親友の丸高広美の家で、チョコレート作りに付き合わされていた。
「ねぇ、梨央は本当にお兄さんにあげるの?」
「そうよ、あとついでにお父さんにも」
「今どき小学生だって男の子にあげると思うけどな」
「あら、お兄ちゃんだって男の子よ」
「そういう意味じゃなくてさ」
「さあ、できた」
「ええ! ずいぶん、キレイなのと不格好なのができたわね」
「ひとつ、成功すればいいからこれでいいの。失敗作はもちろんお父さん行きよ」
「なんか梨央のお父さん、かわいそう。ところでチョコレート作りの場所を提供したんだから、川島君に渡してくれるよね?」
「ええ!」
梨央はもう少しで出来上がった作品を落としそうになった。
「なんで私が?」
「だって、恥ずかしいじゃん……」
「そんな、自分で渡さなければ意味ないじゃない!」
「それはそうだけど……じゃ、明日、川島君を呼び出してくれる?」
「それは――」
「それくらい、親友なら協力してよ、お願い!」
今年は日の並びでバレンタインデーは土曜日に当たり、事実上、前日の金曜日がチョコレートデーになった。
この特殊な一日を学校全体がそわそわと落ち着かない状態で迎えていた。思春期真っただ中の男女の空間では、それは当然と言えば当然のことだった。
昼休み、梨央は廊下で川島圭太の友だちの金子昇をつかまえた。
「金子君、悪いけど川島君に放課後、学校裏の土手に来てくれるように言ってくれる?」
「いいなあ、川島の奴チョコレートゲットかよ……それも浅井からとはな」
「違う違う、私じゃないわ」
「じゃあ、誰なんだ?」
「それは……とにかく、頼んだからね」
放課後の男子生徒はみんな落ち着かない様子だった。圭太も平静を装いながらも、内心は今すぐにでも土手へ飛んでいきたい気持ちだった。
昇から話を聞いた時は、誰かに頼まれたというのが気になったが、照れ隠しでそう言ったんだよ、という昇の言葉を信じたかった。大股で校門を出ると、急ぎ足で土手に向かった。
ところがそこにいたのは、やはり梨央ではなかった。気落ちしながらも、圭太は広美のそばに歩み寄った。
「俺を呼び出したのは君?」
「うん、これ」
そう言って広美はチョコの入った紙袋を差し出した。
「なんで、浅井に頼んだの?」
「勇気がなくて……え? じゃあ、呼び出したのが私だとは知らないで来たわけ? 梨央は言わなかったの?」
「俺は金子から聞いてきたんだ」
「え、ひどい! 梨央ったら金子君を通したの?」
「だから君の名前を出さなかったんだと思うよ。せっかくだからこれはもらうけど、お返しはなしということで。それじゃ」
翌日の放課後、教室の窓から、梨央と広美はいつものように校庭を眺めていた。
「そう、もらってくれたけどいい返事はもらえなかったんだ……」
「ええ、でもやることはやったから気がすんだわ。きっと誰か好きな子がいる、そんな気がした」
「…………」
帰り道、ひとりになった梨央を圭太が待ち伏せていた。あの時と同じように。
「浅井、ひとつだけ聞きたいんだけど」
「何?」
「この前、ここで君に告白して断られたけど、それって丸高のこと関係ある?」
「広美は関係ないわ」
「そう、それだけ確かめておきたかったんだ」
そう言って、背を向けた圭太を、梨央が呼び止めた。
「川島君、広美はとってもいい子よ」
「うん、わかってるよ、君の友だちだものな」