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松浪文志郎
松浪文志郎
novelistID. 62568
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ふうらい。~助平権兵衛放浪記 第二章

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旧暦の二月は現代の三月である。その月の半ばもすぎると、寒さも緩みをみせて春の訪れを感じさせる。
天高く張り出した枝に小さな蕾をつけはじめた桜の老樹を仰ぎつつ、権兵衛は妙の後をついてゆく。
妙は権兵衛を小高い丘の近くまで案内すると、小さな祠を指さした。
祠の裏手から白い煙が地を這うようにたなびいている。
妙は祠に手をあわせると、権兵衛を裏手に導いた。

「これは……?!」

出で湯であった。たなびく白い煙は湯気だったのだ。
権兵衛は湯の湧く窪みの縁に屈み込むと手を差し入れた。
ちょうどいい湯加減だ。鞘ごと大刀を帯から外し、野袴を脱ぐ。

「ちょ…ちょっと……」

妙がとめるまもなく、権兵衛は下帯もむしりとると、文字通りの素っ裸になって湯に飛び込んだ。

「おお、気持ちいい。なんか効能がありそうだ。……なるほど、ヤツらはこれを狙っているのか」

いまはひとが二、三人入れば足がつっかえそうな狭さだが、掘削して湯殿を広げれば湯治客が大勢押し寄せるだろう。

「ここに露店風呂を開き、遊女もおいて歓楽地にしようとしているのよ」

妙が眉をひそめていった。当然、賭場も立つだろう。辰澤村の百姓たちは追い出されてしまうというわけだ。

「湯がでたとたん、拓蔵たちはやってきた。インチキな家系図を持ってきて、ここは口縄一家が三代前から管理していた土地だとかなんとかいって……」

悔しげに唇を噛み締め袖を絞る。いままでさんざん嫌がらせや脅迫を受けてきたのだろう、固めた拳が手の中でみしりと鳴った。

「すまんが、手ぬぐいと浴衣を持ってきてくれんか。ご亭主どのの着古しでいい」

妙の怒りはもっともだとも思いつつ、権兵衛は湯の中に深く沈み込んだ。
固まった筋肉がたちまちほぐれてゆく。
 感覚的にわかる。この湯はまさに名湯というやつだ。浴場だけでも多くのカネを落としてくれるに違いない。
夜空を見上げれば満月が煌々と湯煙越しに輝いてみえる。
 月があらたまれば、桜の花がいっせいにほころんで絶景の景色となるだろう。鮮やかに色づいた枝振りを眺めながらの月見酒も悪くない。

「この…バカ!」

 権兵衛の反応が薄いと知るや妙が足を踏み鳴らすようにしてきた道を引き返してゆく。そのぷりぷりとした後ろ姿を見送っているうち、権兵衛のなかにまた、むくむくと甦ってくるものがあった。