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松浪文志郎
松浪文志郎
novelistID. 62568
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ふうらい。~助平権兵衛放浪記 第二章

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権兵衛は妙の尖った視線が解せなかった。心配をかけたことは確かだが、それ以上の敵意を感じる。

「あきれた。本当にあなたは女好きなんですね」

そう言い放つと、ぷいとそっぽを向き、無視を決め込む。

「だからいっただろう。剣の道、医の道をあきらめ、オレは色の道を歩くと決めたのだと……」

その言葉に太兵衛は身を乗り出して権兵衛にいった。

「おまえさんは確か天稟がないといわれたが……」

いまでも脳裏にまざまざと甦ってくる。拓蔵一家の白刃がひらめいたかと思うと、権兵衛は抜く手もみせず、周囲の敵をあっと言う間に斬り伏せてしまった。
まさに昔がたりの剣豪のような早業で猿面の男を残して全員、あの世に送ってしまった。猿面の男が助かったのは卑怯にも拓蔵の背後に隠れたからにすぎない。
猿面の男――マシラの喜一は親分をかばうどころか、その肉厚の体を盾にして命を拾ったのである。

「なかなかどうして……いや、どうしてどころではない。あんたは実のところ名の知れた剣客なのでないか?」

頼もしげに権兵衛を見据えて太兵衛が返事を待った。
権兵衛は苦いものでも思い出したかのように眉間にしわを寄せると、

「天稟がないから殺してしまったのだ。まことに天稟があるのなら、峰打ちでその場を凌ぐこともできた。鍼医を志したときもそうだ。比較的若い患者は救えたが、五十、六十の坂を越え、重篤に陥ったものは救えなかった。オレはなにをやらせてもダメなやつなのだ」

「……ふうむ。いや、でもそれは……」

なんと返していいものか、太兵衛が言葉を探りあぐねていると、それまで無視と沈黙を決め込んでいた妙が口をひらいた。

「……あんたという人間がわかってきたような気がする」

「ど…どういう意味じゃ?」

太兵衛が妙に振り向いて先をうながす。
妙は舅の太兵衛にではなく、権兵衛に面と向かっていう。

「つまりあんたは、神業のような境地を目指していて、それが適えられないと知ると、なにもかも嫌になって投げ出してしまう。そんなひとなのよ」

ずばり、核心を突かれたかのように権兵衛は身じろぎした。確かにおのれは完璧のさらにそのうえを求めるようなところがある。
現代ふうにいえば、目指すレベルが高すぎるのである。

「なんともおまえさんは、ぜいたくな性分のようじゃな」

やれやれ……と首を振って太兵衛は嘆息した。目の前に理解不能の奇人が座っている。