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松浪文志郎
松浪文志郎
novelistID. 62568
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ふうらい。~助平権兵衛放浪記 第二章

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「困った。これは困ったことになったぞ」

陽は落ちて、夜の暗さそのままに太兵衛の顔は鬱していた。
先ほどからしきりに「困った」を繰り返している。
妙はせめて部屋のなかでも明るくしようと、尽きかけた行灯の灯芯を変え油を継ぎ足した。

「明日、代官所にいってみようか?」

太兵衛がふさぎこんだ様子のまま妙にいった。
 亥の刻(午後10時)をすぎても権兵衛は代官所からもどってこない。まだ、取り調べを受けているのだろうか?
 先に刀を抜いたのは拓蔵一家の方であることは明白で、権兵衛はやむなく応戦しただけである。
駆けつけた役人に太兵衛と妙は事情を話し、権兵衛と一緒に代官所まで同道した。二人は先に帰され、権兵衛の遅い帰りをこうして待ち侘びているのだが……。

「もしかしたら、権兵衛さんはすでに釈放されているのかも……」

妙が眉根を寄せて返した。

「ああ、そうか!」

膝をたたいて太兵衛が顔をあげた。
別に権兵衛にしてみれば、この家は故郷でも旅籠でもない。これ以上、厄介事に巻き込まれるのは御免とばかり、その足で村を去った可能性は充分にある。

「……そうだな。だが、そうじゃとすれば、気賀からもどってくるあいつに対処するものはおらんようになる」

「もうじき、あのひとが助っ人を連れて江戸から帰ってきます。そのために吾作さんたちと一緒にいったんですから」

「それはそうじゃが……ううむ、困った、まことに困ったことになった」

太兵衛がまたも「困った」を連発していると――

「なにをそんなに困ってるんだい?」

聞き覚えのある呑気な声が縁側から響いてきた。
急いで障子を開けると、濡れ縁に当の権兵衛がこれまた呑気な顔で立っている。

「権兵衛さん、あんた……」

ばかに遅かったじゃないか……と、いおうとして太兵衛はあとの言葉を飲み込んだ。首筋に口紅と白粉の跡がついている。権兵衛は釈放されたあと、遊里にいっていたのだ。