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松浪文志郎
松浪文志郎
novelistID. 62568
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ふうらい。~助平権兵衛放浪記 第二章

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「先生のおかげで助かりました」

神棚を祀った床の間を背に黒鉄の虎造が里嶋に酒を勧めてきた。

「松五郎の首を獲ったのはあんたのところの乾分だ。オレじゃない」

むっつりとした顔で虎造の杯を受けると、里嶋は一気に飲み干した。

「あとはお互い手酌でやろう。差しつ差されつは好きじゃない」

「では、これを」

虎造が里嶋の膝前に切餅をひとつ(二十五両)を滑らせる。
里嶋が無造作につかんで袖の袂に入れる。
沈黙が二人の間に漂う。
虎造と里嶋はお互い似た性格の持ち主だ。口重で余計なお喋りは得意ではない。
虎造の乾分たちは勝利の美酒を味わいに遊里へと繰り出していた。いまごろはあちこちでどんちゃん騒ぎを起こしていることだろう。

「相変わらず酒は苦手のようだな」

静かに杯を口に運びながら里嶋がいう。
虎造は杯に少し口をつけた程度で箱膳の皿に乗るシラス干しに箸をつけている。

「もともと受け入れぬ体なのでしょう。掛川にいたころは大変でした」

黒鉄の虎造は遠州一帯を縄張りに持つ大親分、口縄の拓蔵の懐刀であった。
三年前、気賀の宿場町を拓蔵親分から任され、三ヶ日から勢力を伸ばしてきた引佐の松五郎とぶつかりあうようになった。
長年の懸案事項であった引佐の松五郎との抗争もここに至ってようやく終止符を打つことができ、虎造はやっと肩の荷を下ろすことができたのである。

「“下戸の虎造”なんて呼ばれてからかわれました」

昔を懐かしむ口調で茶をすすっている。
また、沈黙が訪れた。
里嶋にしてみれば虎造相手の沈黙は苦手ではないのだが、長居をする理由もない。ここが潮と片膝を立て掛けた、そのとき――

「親分、てえへんだ!」

乾分のひとり、鶴吉が血相を変えて居間に飛び込んできた。

「かっ、掛川の大親分が斬られちまった!」