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国王の契約花嫁~最初で最後の恋~

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 彼は確かにそう言った。けれど、彼の気持ちを知って両想いだからと判っても、事態は何も変わりはしない。
 彼を受け容れることは容易いが、その先はどうなる? 彼は王だから、いずれ正妃を迎えることは判っている。その時、自分はどんな顔をして彼の側にいれば良い?
 ?好きだ?と熱く囁いたその同じ口で別の女性を口説き、その腕に抱くのを側で見ているのはあまりにも辛い。
 そう、王さまを好きになるというのは、そういうことだった。けして大好きな男のただ一人の女になることはできないのだ。後宮という美しい花が咲き誇る庭園で、たまに気まぐれに訪れる蝶を待つだけ。
 蝶が飽きれば、花は後はうち捨てられ、ひっそりと咲いて散るしかない。それが、後宮で生きる女の宿命なのだ。
 愛のない男ならば、他の女を抱くのを側で黙って見るのも耐えられようが、彼を愛していればこそ尚更、側で見ているのは耐えられないし辛い。
 いつしかカンは眠ってしまったようだった。
「私の大切な吾子はどこから来た。吾子は天からやって来た。吾子はどんな金銀財宝よりも大切な宝物。吾子よ、私の吾子よ、天から下された大切な宝物よ」
 ファソンは歌う。カンがあの日、初めて彼女がここに脚を踏み入れた日、歌って欲しいと懇願した子守歌を。
 一度歌い終えても、何度も何度も繰り返し歌った。歌い続けるファソンの白い頬にひと筋の涙がつたい落ちている。
 ファソンは泣きながら、いつまでも歌い続けた。孤独な愛する男がせめて夢の中では安らげることができるようにと、心をこめて歌った。
  
 初めて寝所に召された翌朝、ファソンは一つの殿舎を与えられた。これまではキム尚宮の殿舎で女官として一室を与えられていたのが、独立した殿舎の新たな主人となったのだ。
 更に王命によって、側室として位階が与えられた。ファソンに与えられたのは?昭媛(ソウォン)?という地位である。側室には最下位の?淑媛(スクウォン)?から上は?嬪(ヒン)?まで様々な階級がある。嬪は側室の中でも最高位であり、正室たる中殿、王妃に準ずる高い地位だ。
 今回、ファソンに与えられたのは昭媛といい、最下位の淑媛よりは一階級上であった。しかし、このことによって、王の母朴大妃の怒りに油を注ぐ形になってしまった。
 元々、大妃は王が独断で迎えた初めての側室について容認どころか、むしろ猛反対していたのだ。更にここに至り、その新入りに与える位階が淑媛ではなく昭媛であるというそのことが、大妃の逆鱗に触れた。
―何という我が儘で末恐ろしいおなごか。お若い主上(チユサン)を我が意のままに操る妖婦めが。さぞかし寝所で主上を手練手管を尽くして、かき口説いたのであろうて。
 大妃の怒りは凄まじかった。
―女官が王に見初められて側室になる場合、長い後宮の歴史を紐解いても、まずは一番下の淑媛を与えるのが妥当ではないか。聞けば、その娘、父親は両班とはいえ、名乗りもできぬほど逼塞した家門の下級両班だそうな。そのような娘をいきなり昭媛にするなど、言語道断。同じ側室でも、こたびの選抜試験を受けて入宮する令嬢とは格が違うことを示さねばならぬというに、主上は何を血迷われたのか。
 確かに大妃の意見にも理はあった。女官に王の手が付いて後宮となる場合、淑媛もしくは側室でもない?特別尚宮?を起点とする先例が多かったのは事実である。特別尚宮というのは?承恩尚宮?ともいい、仕事を持つ一般の尚宮とは違う。要するに側室としての位階は賜れなかったが、王の寝所に召されて伽を務める女官を一般の尚宮と区別して?特別尚宮?と呼んでいる。
 ?承恩?とは王の恩寵を承けたという意味だ。我が生みし王子が王となり、王の母として嬪にまで上り詰めた側室でさえ、女官出身であれば特別尚宮から出発して嬪まで進んだ場合が多い。
 今回のように公募の選抜試験で勝ち残り最終選考まで進んだ令嬢の場合、いきなり高位の側室に任ぜられることも少なくはないが、それはまた別格なのである。
 そして、大妃の邪推はまた他の多くの人々の思惑と大差なかった。
―新入りの陳昭媛が夜毎、国王殿下をご寝所で誑かしているそうな。
―何でも病身の父親や能なしの兄を官職につけて欲しいと泣いてねだっているというぞ。
 もちろん、事実無根の心ない噂だし、どこでどう間違っても、そんな会話を閨でした憶えもないファソンだ。
 大体、?初夜?を済ませた後、毎夜のように共寝をしているといっても、ファソンはただ王の寝台でカンと枕を並べて眠るだけなのだ。話はたくさんするけれど、それは大方はその日一日、逢わない間に起こった出来事ばかりで、極めて他愛ないものばかりだった。
 恐らくは大妃殿の女官辺りが故意に流した悪意のある噂というより誹謗中傷に相違なかった。
 悪は千里を走るという。?妖婦陳昭媛?の噂は瞬く間に野火が枯れ野にひろがるように後宮といわず宮殿中にひろがった。
 そんなある日の昼下がり、ファソンはカンに伴われ、ある場所に連れられていった。
「ねえ、カン。どこに案内してくれるの?」
 ファソンはカンに無邪気に訊ねた。ファソンとて自分をめぐる酷い噂を知らぬわけはないだろうのに、いつも明るく笑っているのが余計に王の心をファソンに惹きつける。
 ファソンはむろん、?妖婦?と罵られていることは知っていた。どうして、そんな噂がひろまってしまったのかは皆目判らないけれど、自分は何も天に恥じるようなことはしていない。ゆえに、毅然としていれば、いずれ心ない噂も消えてゆくのではないかと思っている。
―ファソン。天が遠くにあるからと甘く見るなという諺を忘れてはいけないよ。自分がなした行いは良くも悪くも必ず巡り巡って自分に返ってくる。人は良い行いをすれば自ずから良き運を招き、悪き行いをすれば不運を招く。誰が見ていなくても知らずとも、天だけは見ているのだからね。
 幼い頃、父ミョンソはファソンを膝に乗せて、そんなことを語り聞かせた。そのときから、ファソンは?天に恥じる行いだけはすまい?と自らを固く戒めてきたのだ。
 ゆえに、今回の騒動も刻が経てば鎮まるに違いない―というのがファソンの考えであった。
―お父さま、どうしているかしら。心配性のお母さまはまたヒステリーを起こして泣いてばかりいるかも。
 家を出て二ヶ月近くが経とうしている。最近、流石にファソンも実家や両親のことを思い出すことが多くなってきた。
「さあ、一体、どこだろうな」
 カンは彼女がどこか愁い顔なのに気付いているようで、しっかりと繋ぎ合わせたファソンの手に力をこめた。
「着いたぞ」
 カンは袖から鍵束を取り出し、その中の一つを眼の前の建物の扉に差し込んだ。ここは広大な宮殿の敷地内でも最奥部に位置する。
 鍵穴に差し込んだ鍵を回すと、難なく扉が開いた。わずかに軋んだ音を立てて開いた扉を押し、カンが先に入る。その後から、ファソンもついて入った。
「カン、ここは書庫ね?」
 ファソンは思わず歓声を上げていた。
「うん、清国や諸外国から入ってきた貴重な外国の本などはほぼすべてここに揃っているはずだ」