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国王の契約花嫁~最初で最後の恋~

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「いや、王だけでなく両班家の娘も似たようなものか。そなたも親に無理に見合いをさせられそうになって、家出してきたクチだものな」
「実のところ」
 カンは声を低めた。
「大がかりな中殿の選抜試験をやっているが、あれは本当に無意味なことなんだ」
「え?」
 訳が判らないといった顔のファソンに、カンは肩を竦めた。
「中殿は既に決まっているのも同然ゆえ」
「カンが今し方、言っていた令嬢のことなのね」
「そうだ」
 カンはまるで気のない顔で頷いた。
「母上と大臣たちが全員一致で決まった娘だそうだ。家柄、父親の官職、その娘の人となりから容姿まですべて問題はないとか聞いた」
 つまりは、と、カンは面白くもなさそうに言った。
「最初から母上らの推す娘を中殿に据えるわけにはゆかない。何故なら、国王の結婚については公正を期すべきで、両班の令嬢であれば、すべての者たちに機会を与えられるべきだという考え方があるからだ。そのために形式的に公募で中殿候補を募り、選考試験とやらをご丁寧にしているわけだ」
「そんな。選考試験に参加している令嬢方は皆、真剣なのに。酷いわ」
 我こそは国母にという一心で選考試験に臨む少女たちの心を踏みにじる行為ではないだろうか。
「それで、既に決まった未来の中殿さまは、選考試験には参加していないの?」
「さあな。元々は一次選考から参加はさせる予定だったらしいぞ。もちろん、その娘が一次、二次と勝ち抜いて最終選考で中殿に選ばれるという筋書きは予め決まっていたらしいが。苦労知らずの乳母日傘で育ったそのような娘、どうせ気位ばかり高い鼻持ちならない女に決まっている。だから、私の方も見合いをすっぽかしてやった」
 自分の未来の妻のことなのに、カンはその令嬢に関心もなさそうだし、極めて冷淡だ。考えてみれば、親の都合で政略結婚の犠牲になるその令嬢も気の毒な立場だった。その娘にも、どこかに恋い慕う男がいるかもしれない。そう、丁度、今の自分のように。
 その刹那、ファソンはハッとした。
―私、カンが好きなの? 
 ストンと落ちてきた想いは、ファソン自身でさえ今まで気付かなかったものだった。
 けれど、と、彼女は哀しく考える。この恋は実らない。カンは王さまなのだ。既に決まった女性もいるという。自分の出る幕なんて、これから先も未来永劫ないだろう。
 この想いはカンに告げることもなく、永遠に自分一人の胸に封印しておかなければならない。彼に告げても、彼を困らせるだけだ。
「その娘に逃げられたのね」
「ま、そういうことだな。さりながら、逃げてくれて、どこかでホッとしている。私はつくづく卑怯な男だな」
「もしかしたら、その令嬢には好きな男がいたのかもしれないわ」
「何だって」
 カンがギョッとした顔でこちらを見ている。ファソンは笑った。
「あくまでも仮定の話よ。恋い慕う男がひそかにいて、無理に結婚をさせられそうになった。そういう娘が結婚を嫌って逃げ出すというのはよくある話だわ」
 カンは唸った。
「私はよく判らないな。それこそ小説の中の話ではあるまいに」
 と、カンがジロリとファソンを怖い眼で見た。
「まさかファソンにも惚れた男がいるとでも?」
「そんな男がいたら、その男と今頃は駆け落ちでもしてますよ」
「ファソンには、そういう男はいないんだな?」
 やけに拘るので、ファソンは逆に睨み返した。
「しつこいわね。そんな男はこの世のどこを探してもいませんってば」
―嘘よ。カン、私、本当はあなたを好きなの。好きになってはいけない男を好きになってしまったの。
 カンへの恋情を自覚したばかりで、当の本人の前で嘘をつくのは辛かった。
 カンが乾いた笑い声を立てた。
「つまりはだ、母と大臣たちが選んだ娘が既に中殿に決まっていて、私は形式的に彼女と顔合わせだけすれば良い。お膳立てはすべて整っていたというわけさ。笑えるな」
 しばらく二人は無言で歩いた。ふいにカンがポツリと洩らした。
「伴侶くらいは自分で決めたい」
「それはそうよね」
 結婚相手を自分で見つけたい、想い想われた人と結ばれたいという気持ちはファソンも同じだ。共感をこめて頷くと、カンがじいっと見つめているのに気付いた。
 どんどん鼓動が速くなる。
 それで、やっと気付いた。この胸の鼓動の正体が何なのか。ファソンは最初から―恐らく下町の古本屋で出逢った瞬間から、カンに恋をしていたのだ。だから、彼にこうして見つめられたり、触れられたりする度に身体が熱くなったり鼓動が跳ねたりしていた。この胸の動悸の正体は―恋の時めきなのだ。
「何なの?」
 真っすぐな視線を受け止め切れず、ファソンはあらぬ方を向いた。
「私に一つ考えがあるんだけど、協力してくれないか?」
「何を考えているの?」
 カンの黒い瞳を見つめていると、その幾つもの夜を閉じ込めたような深いまなざしに囚われてしまうようだ。
「ファソンにしか頼めないことだ。是非、協力して欲しい」
 カンが次に発した提案は、ファソンの想像の限界をはるかに超えていた。
「私の側室になってくれ」
「え!?」
 カンの瞳に魅入られそうになっていたファソンは一挙に現実に引き戻された。
「じ、冗談でしょう。私はこれでも一応、嫁入り前の娘なのよっ。王さまの後宮なんかに入ったら、一生お嫁に行けなくなるじゃないの」
 本気で憤慨して抗議すると、カンが大真面目に言った。
「じゃあ、嫁に行かなくても良い。私の側にずっといて」
 ファソンは頭を抱えた。
「そういう問題ではないの。側室になるということは、曲がりなりにも、あなたの奥さんになることなのよ。面白半分でやって良いことではないわ」
「私は別に面白半分で言っているのではない。ファソンも私も意に沿わぬ結婚を強いられようとしているのは同じだから、困っている者同士で協力し合えば良いと言っているだけだよ」
「私がカンの側室になることがどうして助け合いになるの?」
「つまりはだ。そなたも私も意に沿わぬ結婚を免れることができるだろう?」
 カンの言い分には一理はある。つまりは見せかけだけの結婚をして、それを隠れ蓑にして嫌な相手との結婚を避けようというのだ。
 ただ、それには大きな難点があった。
「確かにカンの言うように、意に沿わぬ結婚からは逃れられるかもしれない。でも、それはまた新たな束縛を生むことにもなりかねないわ」
「新たな束縛とは?」
「つまり―」
 ファソンは言葉を濁したものの、ここは、はっきりと言った方が良いと判断した。
「あなたと私。お互いに自由になりたいと願った時、結婚という形を取ったら、それを解消するのは難しいと思うの」
 殊にカンは国王だ。国王の離婚は原則として認められていない。妃の方によほど落ち度があって、廃されて庶人になるとか、何か相応の理由がなければ、たとえ正式な妻ではなく妾妃といえども、後宮から出ることは難しい。
「ファソンはそんな日が来ると思っているのか?」
 黙り込んだファソンに、カンは静かな声音で問いかける。
「そなたが私を棄てて、後宮を去る日が来ると」
「私たち、偽りの結婚の話をしているのよ、カン。それに、私があなたを棄てるなんて言い方はしないで」