小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

道標(『再会箱』スピンオフ)

INDEX|1ページ/2ページ|

次のページ
 

 トレッキング、最近始めたばかりの俺の趣味だ。
 小学校の頃は野球に、中学、高校では陸上競技の中距離にそこそこ打ち込んできた俺だが、大学に入ってからは競技としてのスポーツからは離れ、リクリエーション程度にしか運動しなくなってしまった。
 そして、就職、結婚、子育て……昨年、息子が高校に、娘も中学に進学した、そうなると父親の役目なんてものはせっせと餌……じゃなかった、給料を運ぶ位のものだ。
 気がつけば四十代も半ばを過ぎ、新陳代謝も鈍くなって来ていたらしい、腹の周りには肉が付き始めている。
 息子の馬鹿にした様な視線はたいして気にもならない、『どうせお前も三十年後にはこうなるんだよ、けっ』ってくらいなものだ。
 だが、娘の言葉はちと辛い……いや、優しい娘だしお父さんっ子でもあるから馬鹿にするような事は言わない、だけど、『友達からもスマートねって言われて自慢だったのに……』なんて言われれば一念発起しないわけには行かないじゃないか。
 で、まず頭に浮かんだのはジョギング、だけどやはり目標がないといまひとつ面白みがない……それで自然を楽しむ、と言う娯楽も兼ねてトレッキングと言うわけだ。
 最初のうちは妻と娘も付き合ってくれたのだが、ほとんど毎週末となるとやってられないらしい、そのうちに体力差もついてきてしまい、今ではほとんど一人で楽しんでいる。

「おや? こんな道標あったかな……」
 このコースは何度か歩いているのだが、お寺の存在を示す道標には見覚えがない、しかし、道標自体はそこそこ古ぼけていて、昨日今日設置されたものでないことは間違いない。
 なんだかキツネかタヌキに化かされているような心持もしないではないが、不思議と興味を惹かれて、俺は枝道へと分け入って行った。
 
 木々が迫っていて見通しが利かない、人がやっとすれ違えるほどの狭い道をしばらく進むと、いきなり視界が開け、目の前に寺が建っていた。周囲を一周するのに三十秒もかからないほどの大きさにも関わらず、賽銭箱だけは一丁前のものを備えていた。その不釣り合いな様に思わず笑みが零れた。『これは本当に化かされたかな?』とも思ったが、楽しませてくれたことには変わりはない、俺は財布からコインを取り出して投げ入れようとした。
 その時だった。
「その箱は賽銭箱ではないのです」
 突然、誰かの声が聞こえて来て、ギョッとした。人などいるはずがないと思っていた寺の中から、白い顎鬚を生やした僧侶が出てきた。「こんにちは」と丁寧に頭を下げられ、俺も慌ててそれに応えた……とりあえず尻尾は生えていないようだ。
「先程、賽銭箱ではないと仰いましたが……」
「そうなのです。その箱は『再会箱』と言いましてな……」
 僧侶の話によると、この箱には不思議な力があり、箱の中に疎遠になった人の名前を書いた紙を入れると、その人と再会させてくれるそうだ。嘘か真か、確かな証拠などどこにもないのだろうが、信じてみるのも一興のように思えた。
 そうなると、次に悩むのは誰の名前を書くかだが、案外思い浮かばない。
 両親や兄弟、祖父母に至るまで健在でいつでも会える、別れた恋人はいないでもないが、再会したいと願うような相手もいない、だとすると学生時代の友達かな、とも思うのだが特に親しかった奴とはメールのやり取りくらいはしてるし、時折は一緒に飲んだりもしている……思いを巡らせている内に、ひとつの名前が脳裏に浮かんで来た。
 そうだ、あいつとは奇跡でも起きない限り再会することもないはず、実際、半信半疑と言うより一信九疑くらいだが、あいつと再会できたなら霊力だか法力だか知らないが、不思議な力が実在すると信じても良いレベルだ。
 そう考えて紙と筆ペンを手にした。
 すると、僧侶が再び口を開いた。
「一つ、忠告がございます」
「何でしょう?」
 そう答えながらも、俺はすでに紙とある人物の名前を書き始めていた。
「再会できる人は生涯お一人、それもたった一度きりです。そしてその方との関係を続けようなどと思ってはいけません」
 起きるはずのなかった再会……捻じ曲げられた運命は元に戻すのが決まりというわけらしい。
 いや、それで全然構わない、もしあいつと会えたなら居酒屋でひとしきり昔話で盛り上がるだろう、お互いに知らなかった事もあるに違いないから随分と楽しい時間を過ごせる筈だ、それで充分なのだ。
 
▽    ▽    ▽    ▽    ▽    ▽    ▽    ▽

 俺はシステムエンジニア、企業の求めに応じてコンピューターのネットワークを構成するのが仕事だ。
 仕事の性格上、身分は自社の社員だが、職場は相手方企業になる、出向とは違うのだが、事実上そんな形になる。

 『再会箱』に紙を入れた数週間後、俺はある企業を訪れた、この先三ヶ月はそこに通うことになる企業だ。

「初めまして、お世話になります、○○システムの高橋と申します」
「ご丁寧にどうも、□□産業の牧田と申します、どうぞよろしくお願いします」
 応接室に通された俺は担当者と名刺を交換した。
 そして、思わず顔を見合わせた……。

 俺の名刺は『高橋将大』
 相手の名刺は『牧田千昭』

 どちらも姓はそう珍しくないが、フルネームとなると同姓同名はそうはいないはずだ。

「つかぬ事を伺いますが、牧田さんは陸上競技をされていたご経験は?」
「ありますとも……いや、さすがにお顔を拝見しただけではわかりませんでしたが……○○高の高橋君ですね?」
「□□学園の牧田君……間違いない」


 高校で陸上競技をやっていた頃、密かにライバルと決めていた相手がいた、それが牧田千昭だったのだ。
 トップレベルと言うわけではない、せいぜい市の大会で決勝レースに進めるかどうかと言うレベル、しかし、俺はいつしか競技会のメンバー表にいつも同じ名前が載っていることに気がついていた、持ちタイムもほぼ同じだから予選レースで同じ組になったこともない、俺が決勝に進めると牧田は予選落ち、俺が予選落ちの時は牧田が決勝へ進む、と言った具合でほとんど同じような競技生活を送っていた、自校の陸上部に中距離の仲間がいなかったこともあって、俺は密かに牧田をライバルとみなしてモチベーションの源としていたのだ。

 そして、牧田のほうも俺を意識しているのだろうとは察していた。
 陸上の競技会ではレースの三十分前にコールと言って、選手の出欠を取ってゼッケンを確認する、そこで俺の名前が呼ばれると必ずと言って良いほど俺に視線を送ってきたからだ。

 そうやってお互いに意識していた事は間違いないのだが、言葉を交わしてしまうとなんだかライバルではなくなってしまうような気がして、俺は牧田に話しかける事はしなかった、そして牧田も俺には話しかけては来なかった。
 
 初めて言葉を交わしたのは二年生の最後の競技会の後のことだった。
 大学受験に向かうため、その大会を最後に引退を決めていた俺は、少し感傷的な気分でスタンドに座り、慣れ親しんだ陸上競技場を眺めていた、その時、不意に暖かい缶コーヒーを差し出して話しかけてきたのが牧田だったのだ。
 牧田も俺と同じで、受験勉強に本腰を入れるために引退を決めていた。