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松浪文志郎
松浪文志郎
novelistID. 62568
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ふうらい。~助平権兵衛放浪記 第一章

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5

「信じられぬ。ハナの熱はすっかり下がって、安らかな寝息をたてとるよ」

縁側に腰を下ろし、月を見上げている権兵衛の傍らに並んで太兵衛はさも感心したようにいった。

「たいした腕じゃ」

「いや、あれはオレの腕だけじゃない。師匠の道具箱からちょいと失敬した鍼の効能もあるんだ。あれはなにを隠そう、ご禁制の唐渡りの鍼だからな」

権兵衛は悪びれずにからっとした口調でいう。

「あんたは流れの鍼医者なのか?」

「いや、医術の道も途中であきらめた。剣の道と同様、こちらもあまり天稟というヤツがなかったのだ」

権兵衛は急になにかを思い出したように苦い顔になってつづける。

「……救えなかった命もたくさんある。お孫さんはまだ若い。もともと治癒力というものがあったのさ」

そこで会話が途絶えた。沈黙が二人の間にわだかまる。太兵衛は長い間をおくといいにくそうに口をひらいた。

「……実はじゃな、妙の様子があまりにも変なのでちょっと問い詰めてみたんじゃ。あの鍼医の侍と知り合いなのかと……」

「ふむ。それで? 妙さんはなんと?」

「口重じゃったが、わしがあまりにもしつこく聞くんで、とうとう打ち明けてくれたよ。……あんた、とんでもないひとじゃな」

太兵衛の口調が尖っている。傍らの人物をどう評価してよいか、目に戸惑いの色がある。

「これは妙さんにもいったんだが、オレは剣を捨て、色の道を選んだんだ。
短い一生を好きなように生きるってな」

「ひとの迷惑というものを考えなさらぬのか? 色の道を極めたくば、宿場の女郎でも抱けばよろしかろう」

「妙さんには宿場の女郎なんかとは違う色気があった。体にも張りがあったし、吸いつくような肌だった。ハリがあり、コシもある。あれは久しぶりに堪能した。いやあ、よかったなあ。ごちそうさまでした」

まるでうまいうどんでも食ったかのようにいう。罪悪感のかけらも持ち合わせていないこの男に太兵衛は深々とため息をついた。

「わしはあんたが悪人なのか善人なのかわからぬよ」

そういうと腰をあげ、居間に引っ込んでいってしまった。
権兵衛はにこにこと月を見上げている。その笑顔は妙の肌を思いだし、ひとり悦に入っているかのようであった。