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松浪文志郎
松浪文志郎
novelistID. 62568
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ふうらい。~助平権兵衛放浪記 第一章

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6

夜明けには村をでてゆくつもりの権兵衛であったが、温かい食事とふかふかの布団を与えられ、つい昼過ぎまで寝過ごしてしまった。

ハナの容体を確認しに居間を覗き込んでみると――

「痛ッ!」

障子を開けたとたん、毬をぶつけられた。
昨日とは打って変わってハナが元気に部屋の中を跳びはねている。

「おじちゃん、もしかして?!」

ハナが近寄って権兵衛の顔を見上げるといった。

「あたしを助けてくれたひと?」

「ああ……まあな。妙さん――おっかさんやお祖父さんは畑か?」

目が覚めたときにはだれもいなかった。屋敷のなかにいるのはハナだけだ。

「家からでるなって。怖いひとがきてるから……」

ハナが眉間をくもらせていう。

「怖いひと……?」

「屋敷の門の外にいるみたい」

いったいだれがいるのだろう。この村の年貢を取り仕切る代官だろうか?
権兵衛は持っていた大刀を落とし差しにすると、草履を履いて縁側から外にでた。


門をでたすぐのところに、人々の塊ができていた。
しきりに押し問答を繰り返している。
太兵衛と妙を取り囲んでいるものたちは明らかに堅気の衆ではない。
揃いの派手な法被を羽織り、困惑する太兵衛と妙を口々に脅しつけている。

「こらこら、朝っぱらから……じゃなかった、もう昼か。なにを騒いでいるんだ?」

呑気な口調で権兵衛が輪の中に割って入った。

「なんだ、おめえは?」

「関係のねえもんはすっこんでろ!」

「ドサンピンの出る幕じゃねえ!」

ヤクザ者の口撃が今度は権兵衛に襲いかかる。
間近に顔を寄せられ、悪口とともに飛んだツバが権兵衛の顔にかかる。

「お侍さん、あっしらはこの太兵衛さんに用があるんだ。何者かは知らぬが、ここはおとなしく引っ込んでいるのが身のためですぜ」

ヤクザ者の後ろから固太りの樽のような男が肉厚の頬をふるわせてすごんできた。おそらくこいつがヤクザ者どもの親分に違いない。
虎目石の大数珠を首から下げ、貫禄たっぷりに権兵衛をにらみつけている。

「やい、ドサンピン。オレたちはこの街道を取り仕切る口縄の拓蔵一家のものだ。そしてこちらにおわすのが、その拓蔵親分だ。わかったらとっととシッポを巻いて退散しやがれ!」

拓蔵とかいう親分の隣に陣取る猿のような面相の男が、それこそ猿のようにきいきいとわめいた。

「おわすのが……ってきたか。拓蔵親分とやら、あんたたいそうな貫禄だな」

「まあ、そういうわけだ。わかったらそこを退いてくれ」

「……そうしたいところだが、あんたらの世界でいう一宿一飯の恩義とやらがこの太兵衛さんにあるんだ。
 まあ、だからといってやり合おうというんじゃない。オレにも話を聞かせてもらい、穏便にすませてもらうとありがたいんだがね」

「ご…権兵衛さん」

太兵衛がすがりつくような視線を権兵衛に向けた。

「親分、こいつ、太兵衛が雇った用心棒に間違いありやせん。さっさとたたっ斬っちまいやしょう!」

猿面の男が拓蔵をたきつける。

「……そういうことか。おい!」

拓蔵の目配せひとつで猿面の男ふくめて五人のヤクザ者がいっせいに長脇差を抜いた。

「ひっ!」

太兵衛が思わず短い悲鳴をあげる。

「太兵衛さん、妙さん、後ろに退がって!」

太兵衛と妙が後方に退がると、ヤクザ者たちが白刃をかざして権兵衛を取り囲んだ。
権兵衛がゆっくりとおのが大刀を抜き放つ。

太兵衛と妙は権兵衛の言葉を思い出していた。確か天稟がなく、剣の道をあきらめたひとではなかったか?

「やめて!」

妙は思わず叫んでいた。
その叫び声が合図となったかのように権兵衛を取り巻く白刃が踊った。

第二章につづく