ふうらい。~助平権兵衛放浪記 第一章
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農婦――妙はここ辰澤村の庄屋の嫁であった。
ある事情で夫は江戸にでて、いまは舅の太兵衛と娘ハナの三人暮らしだ。
ハナは今年で十二になるが、幼いころより病弱でたびたび熱を出しては、家族に心配をかけていた。
「熱が下がらんのじゃよ。いつもの薬を与えたのじゃが、それもどうやら効かぬようで……」
屋敷の居間でぐったりと横たわるハナの哀れな姿をおろおろと見下ろしながら、太兵衛が弁解するようにいった。
「とにかく、お医者さんを呼びにいきましょう」
「いってきてくれるか?」
「はい。いまから駆け出せば、子の刻まではもどってこれるはず」
陽はとっぷりと暮れかかっている。ここ辰澤村は掛川宿の西のはずれで、医者はここから五里離れた城下町に住んでいる。
「それでは間に合わぬだろう」
突然、真横から声が響いてきた。
弾かれたように振り向くと、例の極悪浪人者が立っているではないか。
「だれだね、あんた?」
太兵衛が突然あらわれた闖入者に向かって声をかけた。
「拙者、助平権兵衛と申す浪人者。いいさか医術の心得があり申す。ごめん!」
権兵衛はいうが早いか、ハナの枕元に座り込み、額に手をあてた。
「ハナから離れて!」
妙が金切り声をあげた。極悪の強姦魔に医術の心得なんかあるはずがない。
「湯を沸かせ。タライに入れて持ってこい! 手ぬぐいも忘れるな!」
有無もいわせぬ口調で権兵衛が妙に命じる。まるで医者のような口ぶりに妙は従ってよいものかどうか太兵衛をみる。
「本当に医術の心得がありなさるのか?」
念を押すように太兵衛がきく。
「オレに任せてくれ」
権兵衛はハナの掛具を剥ぎ、寝間着を開いて上半身を裸にすると、その体を指でまさぐった。
その様子はさっきの出来事をまざまざと想起させ、妙の怒りを改めてかきたてる。
この男、なんだかんだいって女の体を触りたいだけではないのか。
しかも今度は年端もいかない子供を手に掛けようとしている……。
「なにをしている! 早く湯を持ってこい!」
権兵衛が立ち尽くしたままの妙を怒鳴りつける。
「このひとに賭けてみよう。湯を沸かして持ってくるのじゃ」
太兵衛にいわれてはしょうがない。
妙は台所にいってカマドに火を起こすと、タライに水を張り、湯を沸かした。
目の前の棚に出刃包丁がある。
妙はそれを手に取ると、野良着の懐にそっとしまいこむのであった。
作品名:ふうらい。~助平権兵衛放浪記 第一章 作家名:松浪文志郎