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銀の十字架(クロス)

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「この十字架ね……彼から貰ったのよ」
 イレーヌは十字架を首から外し、いつくしむように指で撫でる。
「彼もお父様から受け継いだそうよ……お父様も軍人でね、この十字架を身につけて全ての戦から無事に戻った……だから息子が陸軍に志願した時にお守りとしてこれを渡したの……」
 確かに女性が身につけるものとしては少し大ぶりだし、彫りが深い銀製なのでところどころ黒ずんでいる……しかしその話を聞けばその黒ずみにさえ歴史を感じる……。
「でもね……あの戦に向かう時に彼はこれを私に……」
 ステファンが二つのグラスにワインを注ぐと、イレーヌはそれを一口飲んで話を続けた。
「もちろん断ったわ、だって彼にとっても幸運の十字架、お守りだもの……でも、彼はどうしてもと言い張ってこれを私に握らせたわ」
「それはもしや……」
「彼ね、私に言ったの、君はどんなことがあっても生きてくれ、そしていつまでも変わらずに歌ってくれ……ってね」
「……」
 ステファンは何も言えなかった。
 隣国との戦力の差は明らかだった、アダムにはわかっていたのだろう、自分は戦場から還ることがないという事を。
 だからこそ幸運の十字架を彼女に……。

 イレーヌはしばらく十字架を撫でていたが、それをテーブルに置くとステファンの方へと滑らせた
「森へ行くつもりなんでしょう?」
「……」
 その問には沈黙が答えになる事はわかっていた、しかし、彼女に嘘もつきたくはなかった。
「だからこれをあなたに持って行って欲しいの……肌身離さず着けていて頂戴、勇敢に戦ったアダムの遺志を忘れないで、そしてピアノ弾きが無事に還るのを待っている歌手がここにいることも……」

 ステファンはしばらくそのペンダントを見つめていたが、手にとって押し頂いた。
 イレーヌの体温がペンダントを通じてステファンに伝わる……。

「いいこと? それはあなたにあげるんじゃないの、預けるのよ……だから……だから、必ず返しに戻って来て……」

 ステファンは黙って頷くと、席を立った。
 そして、扉の前で『おやすみ』とだけ言った、いつものように……。
 さよならを言うつもりはなかった……還ると約束したのだから。
 いつもと違う言葉をイレーヌにかけるつもりもなかった。
 森へ行く決心が揺らいでしまうかもしれないから……。

 イレーヌもステファンを見ずに『おやすみ』とだけ言った。
 戦いを決意した男に涙は見せられないから……。



(終)

 テーマ曲『今日は帰れない』
 https://www.youtube.com/watch?v=EGrhmZmqIUo


作品名:銀の十字架(クロス) 作家名:ST