その日までは
恵子は、持っていき場のない気持ちを抱えて、父の会社へと向かっていた。近くまで来てメールを入れると、角の喫茶店で待っているようにと返事が来た。
その店に入り、席に着くと、昨日から自分の周りで起こった受け入れがたい出来事の数々が思い出された。
夫からは離婚を言い渡され、母からは突き放された。いったい何がどうなってしまったというのだ?
しばらくして、父、幸治がやって来た。
「昨日は大変だったな」
その父の一言で、恵子の口は止まらなくなった。
「お父さん、それだけじゃないのよ! さっきお母さんまでひどいことを言いだすのよ。まるで、和也の肩を持つようなことを。
娘が離婚を迫られているというのに、相手方に同調する母親なんて聞いたことないわ。おまけに、もう今までのように子どもたちの面倒を見ないようなことまで言うのよ。ひどいでしょ!」
「恵子、母さんが言ったことを冷静に考えてみても、そう言えるかい?娘を心配しない母親なんていないし、母さんがそこまで言うというのはよくよくのことだと思うよ」
「お父さんまでそんなことを!」
「ほら、そうやって、すぐにカッとなって相手の話を聞こうとしないだろう? だから母さんも今までずっと言いたいことを我慢してきたのだと思うよ。自分さえ我慢していれば波風を立てなくて済むからな。
恵子、お前はもう私たちの娘である前に、花音たちの母親なんだぞ。そして、和也君の妻だということも忘れていたのではないか? いつまでも私たちに頼っていないで、この家を出て、家族で再出発することを考えるべきだと私は思うよ」
「みんなして私ひとりを悪者にするのね」
恵子はそう言うと立ち上がり、そそくさと店を出て行った。
会社に戻ると幸治はその日は午後から早退した。そして、家へ帰る途中、自宅近くの喫茶店へ万里子を呼び出した。自宅ではなく、邪魔の入らないところで話をしたかったからだ。
「まあ、恵子ったらあなたの会社まで行ったの?」
「ああ、すごい剣幕だったよ。おまえの言う通り甘やかしすぎたな」
「私がいけなかったのね、理解のある母親のつもりで、何でも聞いてしまっていたから」
「それはそうと、こんな時に何なんだが、ちょっと考えておいてもらいたいことがあるんだ。
潤也たちを見送った帰りにあの店で話すつもりだったのだが、お前が恵子たちと別居したいなんて言い出すから、つい言いそびれてしまった。そして、今度は恵子たちの離婚問題だろう? 落ち着くのを待っていたらいつになるかわからないから、もう話そうと思ってな」
「何ですか? いったい」
「来年春に早期退職して、コーヒー店を開こうと思うんだ。いっしょに店をやってくれないか?」