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その日までは

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母と娘 父と娘

    
 次の日、真田家は、表面上はいつもと変わりない日常が流れていた。   
 大人たちは誰も、昨夜のことには触れず、黙々と朝の日課をこなし、幸治と和也は出勤して行った。そして、万里子は花音を笑顔で学校へ送り出した。
 ところが、恵子が鈴音を幼稚園へ送り戻ってくると、万里子の怖れていた時間がやって来た。帰って来るなり、この時を待っていたかのように恵子は、万里子に食ってかかってきた。
「お母さん! 昨日のこと、いったい何なの!」
「何って……」
「お父さんが知っていたということは、お母さんだって知っていたんでしょ!」


 恵子は昨夜のことを思いだした。
 子どもたちを寝かしつけて、リビングに戻ると、両親と和也の三人が神妙な顔つきで座っていた。そして、いきなり、和也が離婚話を切り出したのだ。これまで生きてきて、これほど驚いたことはなかった。
 働きに出たいと言ったことが、なんでこんな大事になるのか、まったく理解できない。両親の手前、和也に詰め寄るだけでなんとか自分を抑えたが、もしふたりだけだったら、物が飛んでいたのは間違いない。
 子どもがいたってみんな働いているではないか! 私はそんなに悪いことを言ったのか! 今思い出しても腹の虫がおさまらない。
 
 
「お母さん、私、絶対別れないから! お母さんも応援してくれるわよね!」
「恵子……あなた、和也さんがどうしてそんな気持ちになったか、考えてみないの?」
「考えるも何も、私は何も悪くなんかないでしょ!」
「私、前から思っていたんだけど、花音が生まれても仕事を続けること、和也さんとよく話し合って決めたことなの? 私にはそうは思えないのよね。それから、鈴音ができた時に、私たちと同居するという話も、あなたがひとりで決めたことじゃなかったのかしらって」
「そんなことないわ、ちゃんと和也の了解を得たわよ」
「了解を得たのじゃなくて、了解させたんじゃなかったの?
 私もそうだからわかるのよ。あなたの強引さで、いつのまにかあなたの思い通りにされてしまうというか……
 恵子は、私に育児の手伝いをさせるのは当然だと思っているでしょう? 離れて暮らしていた時は、子どものことで何かあると、夜中でも私を呼びつけたし、同居したらしたで、まるで娘時代に戻ったように、家事は当然のように私に押し付けて……そして、自分はまるで歳の離れた妹たちの面倒を見ているような毎日よね?
 私はこれまで何も言わなかったけど、誰だってみんな、親に頼らず、ちゃんと家事も子育ても仕事だってやっているのよ。あなたが、今の状態で仕事に出たいと言っていると聞いて、私ももうこれ以上黙っていてはいけないと思ったの。和也さんも同じだと思うわ」
「ひどいわ! お母さん! それが娘に言う言葉なの!」
「ほら、自分の思い通りにいかないと、そうやって怒るでしょう?
 初孫の誕生がうれしくて、最初のうちは喜んで手伝いに通っていたけど、何でもかんでも私に頼るし、それを当然だと思っている様子に、このままでいいのかしらと思ったものよ。でも、そんなこと言ったら今みたいに怒るでしょうから、今まで何も言わなかったのよ」
「何もこんな時に、そんなこと言わなくたっていいじゃない!」
「そうね、そうかもしれないわね。もっと早く言うべきだった、それは私が悪かったわ」
「そんなことより、お母さんは、私が和也と別れてもいいと思うの?」
「離婚のことはあなたたち夫婦の問題でしょう? ただ、もしそうなったら、あなたひとりで子どもたちを育てる覚悟を持つようにと言いたいだけ」
「え!……」
「それができないのなら、和也さんとよく話し合って、やり直す方向で努力することね」


   * * * * * * * * 

作品名:その日までは 作家名:鏡湖