その日までは
義理の親子 男同士
次の日曜日、万里子は潤也の結婚式に出席してくれた親たちに礼を言うため、実家へと出かけて行った。恵子は子どもたちを連れ、以前から約束していた映画を観に行っていた。
残された男二人、幸治と和也は、昼食に店屋物を取り、向かい合って食後の茶を飲んでいた。
ふたりともその場をなかなか離れようとしないのは、互いにこの機会に話したいことがあるからだった。しかし、ふたりはなかなか切り出すきっかけをつかめずにいた。そして、ようやく幸治が口火を切った。
「和也君、仕事の方は、順調かね?」
「はい、おかげさまで、変わりありません」
「それなら、どうだろう……」
幸治は湯呑を口に運んで、一息入れてから続けた。
「ここを出て、恵子たちと水入らずの暮らしをしてみるというのは?」
和也は思いもかけない舅の言葉に、ひどくうろたえたが、これから自分が言おうとしていることは、それ以上に舅を驚かすことになるだろうと思った。
「お義父さん、実は、大変言いにくいことなのですが、恵子のことでご相談したいことがありまして……」
ひどいことを言ってしまったのではないかという後ろめたさから、幸治は、和也の話を親身に聞こうと身を乗り出した。
「何でも言ってごらん、恵子が何か言っているのかい? あいつは勝手なところがあるから、君も大変だろう」
「いいえ、夫婦のことですから、責任は両方にあると思います。まだ、恵子には話していないのですが、お義父さんのお耳に先に入れておこうと思いまして」
幸治は首をかしげて、尋ねた。
「君の言っていることが、私にはよくわからないのだが……」
「お義父さん、実は僕……恵子と別れたいと思っています」
あまりの驚きに、幸治は言葉を失った。考えてもみないことだった。現在、離婚が珍しくない世の中ではあるが、まさか自分の娘にそんなことが起こるとは……
「理由を聞かせてもらえないか?」
努めて冷静に幸治は尋ねた。
「今さらこんな理由は通らないかもしれませんが、性格の不一致です。何でも自分の思い通りにしようとする恵子に疲れました。これ以上、夫婦でいるのはもう無理です」
「そうか、ここへの同居というのも不本意だったというわけだね? それなら、先ほども言った通り、私たちとしては出て行ってもらって構わないのだから、やり直すということはできないのか?」
「お義父さん、先ほどのお話を伺う以前に、このことは決めていました。でも潤也君の式が終わるまでは、と思い今まで待っていました。ですから……」
「和也君、そう慌てずに、別居してしばらく様子を見るというのもだめかね? 恵子はまだ何も知らないのだろう? 子どもたちもいることだし、夫婦でよく話し合うべきじゃないか?」
「あの恵子とでは、まともな話し合いにはならないと思います。これまでも、すべて、恵子が自分の思い通りに決めてきたのですから、今さら僕の話を聞くとは到底思えません。僕の中でも、もうやり直す気持ちはありません……」
「どうしてこうなる前に、君の不満を解消することを考えてくれなかったのか、私はそれがとても残念だよ。なんとかならないものかな……」
「…………」
「だが、そうするにしても、恵子が素直に離婚に応じるとはとても思えないが……それで、花音や鈴音はどうする気だ?」
「もちろん、養育費は払わせてもらいます」
「ということは、手放すのは了解しているということだな?」
「子どもたちは当然、母親の恵子を選ぶと思いますし、こちらでこのまま暮らさせてもらう方が子どもたちのためにもいいと思いますので」
「ずいぶんとあっさりしたものだな」
「すみません……」
「私たちが何を言っても、もうダメだということだな?」
「……はい……」
「恵子にはいつ話すんだ?」
「お義父さんに聞いていただいたので今夜にでも」
「すんなり了解するとはとても思えんが……」
「ええ、ですので、どうしたらいいか、前もってお義父さんにご相談しました」
しばらく沈黙が続いた後、幸治は静かに言った。
「恵子は私の娘だ、君の側に立って話を聞くわけにはいかんよ。でも、私を頼ってくれたことは有難く思うよ。
そうだな、今夜子どもたちを寝かせてから、四人で集まろう。その場で君は恵子に話すといい。ふたりだけの時に切り出すと、恵子も冷静に受け止められないだろうから、私たちが立ち合うことにしよう」