小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
雨湯田葉 圭
雨湯田葉 圭
novelistID. 62436
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

夢の中

INDEX|5ページ/7ページ|

次のページ前のページ
 

そういうと、軽く会釈をして黒岩は病室を後にした。しかし、その後ろ姿は、およそ死の淵に立っている人間のものではなかった。彼の体には、エネルギーがみなぎっていた。岸神は黒岩の後姿を、警察官である父親に重ねていた。
 その日の夜だった。岸神は、家に帰った後、夜道を散歩していた。夜空を見上げると、月は見えなかった。目の前には、ただ漆黒の闇が広がっていた。その時岸神が歩いていた道には街灯がなく、林に面した道であったので、夜の暗さは際立っていた。空は分厚い雲に覆われており、月はまるで存在していないかのようであった。もちろん、月は確かに存在している。しかし、目に見えないのであれば、それは存在していないのと同じなのではないか―岸神はそんなことを考えていた。岸神はまた黒岩のことを考えていた。彼は死が怖くないといった。そう言い切った黒岩の表情に嘘はないように思えた。しかし、そんなことがあるのだろうか。もし自分が黒岩と同じ立場になったとしたら、恐怖で眠れなくなるだろう。そんなことを考えながら、真っ暗な夜道から家へ戻ろうとしていた時だった。岸神は、後ろから自分をつけてくる足音があることに気づいた。足音は、岸神が気づくか気づかないかのギリギリを歩いていた。もちろん、単に人が歩いてきているだけということもある。しかし、振り返って闇に眼を凝らしても誰もいないこと、岸神が止まると足音も止まること、この二つが、誰かが単に歩いているわけではないことの証拠となっていた。岸神は正体をつかもうと闇の中に潜っていった。岸神は殺された田中と千葉のことを考えた。連続殺人犯なのだろうか。しかし、じっと目を凝らしてみても、その正体はつかめなかった。岸神は次第に恐ろしくなって、街灯がある通りまで走った。目の前に光が見えた時の岸神の安堵心は、小学生のとき、夜遅くに家に帰り、母親の表情を見た時のようであった。岸神は背後を振り返った。しかし、街灯に照らされた道路が、闇に飲み込まれまいと薄明りを反射しているばかりであった。岸神は後ろをつけられていないことを確認しながら、足早に家へと帰っていった。

 家に帰って床に就くと、岸神はまた夢を見た。夢の中で、岸神はまたしても狼であった。岸神の頭上には、暗黒の闇が広がっていた。その光景はまるで宇宙の中に放り出されたかのようであった。岸神はただただ飢えていた。底なしの飢えに飲み込まれようとしていた。そうして闇の中を彷徨っていると、岸神は闇の中に浮かび上がる一匹の狐を見た。狐は用心深くこちらを眺めていた。狼は狐を捉えようと身をかがめた。そうして一気に襲いかかった。狼はまず狐ののど元に食らいつこうとした。しかし、狐はその一嚙みを間一髪でかわし、狼の右足に噛みついた。しかし、狼はひるむことなく、今度はその鋭い爪で狐の頭を切り裂いた。痛みに耐えきれず、狐は噛みついていた牙を離してしまった。それが命取りになった。狼はすかさず狐ののど元に食らいついた。後はもう、狼が狐を殺すため、その鋭い牙で狐ののど元を食い破るだけであった。しかし、ここで狼は体に力が入らなくなるのを感じた。またしても、「何か」が近くにいる。狼は恐怖で体が硬直するのを感じた。狼の牙が弱くなるのを感じた狐は、もてる最後の力を振り絞り、狼の腹に噛みついた。その痛みに、狼は狐を離してしまった。その刹那、狐は勢いよく走りだし、闇の中へと逃げていった。残された狼は、「何か」をその目に捉えようと目を凝らした。しかし、ただ闇がどこまでも続くばかりであった。気づけば、「何か」の気配はもうなかった。岸神はなぜだか安堵した。その安堵は、新しいクラスで、見知った友達を見つけた時のような安堵だった。空を見上げると、月が見えた。しかし、その姿は赤く染まっており、暗雲立ち込める明日を予言するかのようであった。

 岸神が何者かにつけられた日。その同じ日に、田所は夜道を歩いていた。空は分厚い雲で覆われており、月は消えてしまったかのようであった。田所は病院まで電車で通っており、病院から駅に向かって歩いているところであった。田所は千葉のことを考えていた。なぜ彼女が殺されなければならなかったのだろう。田所は、ただただこの世の理不尽を呪うしかなかった。岸神は正義だとか公正であれとか言っているが、実際世の中に正義なんてないと思っていた。田所は岸神を尊敬していたが、千葉が殺される前に黒岩のことを警察に言わなかったことに腹がたって仕方がなかった。もちろん、黒岩が犯人であるとむやみに疑うのはよくない。しかし、もしも犯人が黒岩だったとしたら、田所は岸神を許せないだろう。自分の考えは子供なのかもしれない。しかし、そんなことはどうでもよかった。もう千葉には会えないという事実が、田所の心に重くのしかかってきた。
 ふと顔を見上げると、30メートルくらい先から長身の男が歩いてきた。その男は闇に溶け込んでいるかのようであった。男は黒のパーカーを着ており、目を凝らさないとよく見えなかった。男は闇の中を滑るように田所の方へ歩いてきた。近くで見ると、男はきれいな顔をしていた。顔を見た時、田所は男に会ったことがあると思った。しかし誰かは思い出せなかった。男の存在には現実感がまるでなかった。まるで別の世界から来たような、この世のものとは思えない雰囲気を身にまとっていた。田所は男をボーっと眺めていた。田所はなぜだか岸神の顔を思い出していた。とその時だった―田所は男が包丁を持っていることに気が付いた。男は田所の心臓を突き刺そうと、包丁を振りかざしていた。田所はその包丁を間一髪でかわし、包丁を持っている男の腕を握った。男は力が強かったが、田所は何とか包丁を男の手から振り落とした。すると、包丁は男の右足に突き刺さった。その時であった。田所は男が誰なのか思い出していた。その真実は田所の心に一瞬の隙を生んだ。その刹那を男が見逃すわけはなかった。男は田所ののど元を両手でつかんだ。田所は息をする術を失い、首に巻き付けられた手を振り払おうともがいていた。しかし、男の力は強かった。田所の命は風前の灯であった。その男の吹く息によって、今にも消えてしまいそうな炎であった。しかし、男が息を吹くことはなかった。なぜかわからないが、首を絞める男の手の力が弱まった。田所はこの瞬間を見逃すまいと、もてるすべての力を振り絞って男の腹を殴り飛ばした。すると、男は田所の首から手を離しよろめいた。田所は空気が肺に入るのを感じた。と同時に、まるで風にあおられて強く燃え上がる炎のように、体中に力がみなぎるのを感じた。田所は全速力で逃げた。田所は男には敵わないことを知っていた。であるならば、今自分にできることは逃げることだけであった。今は逃げて、後で警察を呼べばいい。田所はとにかく遠くへと走った。空を覆う雲はより厚みを増し、大地に雨を降らし始めていた。
作品名:夢の中 作家名:雨湯田葉 圭