小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

涙をこえて。

INDEX|5ページ/46ページ|

次のページ前のページ
 

僕が大学に入って、最後に佳子さんと会ったときと、きっと同じ服だ。
スタイルもまったく変わってない。

なんで、この真冬に、こんな白いワンピースを着ているのか、僕にはわからなかったし、
ファッションセンスにうるさいみわちゃんが見ていたら、間違いなく軽蔑しただろう。

それでも今の僕には、そんなことは関係ない。
昔と同じ服ということで、ますますテンションが上がった。

それに、せっかくの機会だったので、僕は、佳子さんといろいろ話をした。
仕事のこと、世の中のこと、ダンスのこと。


そして、気になったことも聞いた。

僕  「どうして、手帳拾ったとき、電話くれたんですか?」
佳子 「ああ、手帳に気象予報士って書いてあったでしょ。
    私、気象予報士さん大好きなの。
    あと、坂の上テレビのしおりが挟んであったでしょ。
    私、坂の上テレビよく見てるのよ。昔から、テレビ局大好きで。
    要はミーハーなの。
    ミーハーだったから、予報士とテレビの2つにひっかかって、
    電話してみたのね」
僕  「へー、じゃあそうじゃなかったら、電話しなかったってことですか」
佳子 「たぶん(笑)」

ひどいなあ、と言いながら、僕も、笑った。

そして、佳子さんの顔を見た。
本当に、23年前とほとんど変わらない。
強いて言えば、目元のシワが多少増えたかどうか。

しかも、あまりメイクしてないんだけど。
この人、ベースの色白で、どこまで行くつもりなんだ?

それに、もしかして、佳子さんのこの顔は、
ファンデーションなしで、コンシーラーだけなのか?

美魔女っているけど、佳子さんは、違う。美少女だ。

ほんとに佳子さん、40過ぎか?
ちょっと、ちょっと、おかしくないか?
ひょっとしたら、化け物か?


そんな余計なこと、失礼極まりないことを考えながら、
あまりにもジロジロ佳子さんを見たので、佳子さんは急に怒りだした。



佳子 「こらっ、女の子のこと、ジロジロ見ちゃいけないんだよっ」
僕  「ああっ、失礼しましたっ」


そしてまた、佳子さんは笑ってくれた。
この空気、23年前と、まったく同じだった。

他愛ないことで、怒ってみたり、笑ってみたり。
ただそれだけのことが、高校生みたいなことが、
僕にものすごい幸福感を与えてくれていた。

僕はなんて幸運なんだろう。23年も経って、こんな時間を過ごせるなんて。

いや、神様が、23年前に戻してくれたんだ。
タイムマシンに乗ったみたいなもんだな。
タイムマシンって、あるんだな。
ネコ型ロボットのアニメみたいで、すごいな。
僕は珍しく、しおらしくなっていた。


そして、さらにうれしかったのは、好きなものが異常なくらい、一致することだった。

佳子さんと一緒に、「好きなもの大全」を並べた結果、
◎ビール◎米◎肉◎スパイス◎にんにく◎ピザ◎オロナミンC
◎昭和歌謡◎大みそか◎紅白歌合戦
◎箱根の温泉◎大相撲◎鉄道(首都圏限定)
と、ここに書けるものだけでも、これだけ一致した。

そして、こんなマニアックなことを知っているのは
僕だけだ!と長年思っていたことも、佳子さんは知っていた。

僕  「最近の紅白歌合戦って、若者向けみたいにいわれてますけど、
   それって今に始まったことじゃないんですよね」
佳子 「そうそう。昔はもっと若い人ばかりのことがあったよね」
僕  「え、昔の紅白がもっと若かったって話、知ってるんですか」
佳子 「うん。ひばりさんが司会のときがそうでしょ。
   ひばりさんがそのときの、紅組最年長だったのよね」
僕  「それって、昭和・・・」
佳子 「45年だよね」
僕  「ええ、どうして知っているんですか」
佳子 「それくらい、知っているわよ」
僕  「じゃあ、そのときのひばりさんがいくつだったか、知っていますか」
佳子 「33歳」
僕  「あ、あってます・・・」

最近の紅白は若者向けだ、というのは、最近よく聞く話だが、
実は昔はもっと若かったんですよ、というのは昭和歌謡フリークの僕しか知らない、
秘密事項だったはずだ。

しかも、紅組最年長が美空ひばりさんの33歳というのは、誰に聞いても出てこない、
僕の得意の数字だった。

ひどい相手になると「ひばりさんって誰ですか」なんて言ってくる世の中なのに、
よくこんなことまで知っているな。
僕は、自分の秘密の世界が侵されたような気がした。


でも、その侵され方が、あまりにもきれいですばらしかったため、まったく不快に思わず、
むしろ相手を褒め称えないといけないとさえ思った。

ただ、あまりに正面から褒め称えるのは、僕にはまだ耐えられなかったので、
少し混ぜ返して言った。

僕  「いやー、ここまで知ってるって、はっきり言って変態ですよ」
佳子 「いいじゃない、変態で」
僕  「変態がいいんですか(笑)」
佳子 「変態は変態でも、正しい変態ならいいのよ」
僕  「正しい変態、ですか」
佳子 「そう。人に迷惑をかける変態は絶対ダメだけど、
   迷惑をかけずに楽しんでいるのが、正しい変態だと思うのよね。
   正しい変態同士で親しくなるのが、
   一番、当事者にとって幸せなことなんじゃない?
   だって、いいカップルは、みんなどこか、正しい変態同士だもの。
   私は、正しい変態、大好きなの。」

おおっ、正しい変態、いいな、と思った。

また、お互い髪の毛で隠しているけど、実は超絶絶壁頭だったり、
長距離走るのが苦手だったり、
昭和の上司のように、壊れたテープレコーダーのように、
繰り返し同じことを説教臭く言ったりするのも一緒だった。


そして、何より、言葉をうまく並べて、誰かに伝わったときが最高、
というところも一緒だった。

僕は、放送局に勤める気象予報士として、佳子さんは、元・雑誌の編集者として。

ここまで合う人は、人生で初めてじゃないか。
僕は、感動し始めていた。

それに、僕の知っていた佳子さんに加えて、知らなかった佳子さん、
でも、ものすごく近い佳子さんが、近くにいる。昭和に親しい佳子さんがいる。

僕はますます感動していた。
そして僕は、この信じられないような幸運が終わらないでほしい、とこいねがっていた。



しかし、あっという間に時間は過ぎ、佳子さんの次の予定が迫ってきた。


時計を見た佳子さんは、あっさりと
「じゃ、これで」と言って、席を立とうとした。



そこで僕は、用意していた武器を繰り出した。

「あのっ!」と、小さく、鋭く、相手を確実に鷲づかみにする声を出した。
周りの人には、わからないように。

佳子さんは、驚いた様子だったけれど、かまわず、僕は続けた。
さあ、言うぞ。23年前に言えなかった、あの一言を。





「僕、佳子さんのこと、大好きでした!」


僕は予定通り、勇気をもって、口火を切った。

これは、僕の中ではまったくの予定通りだった。

そして、佳子さんの反応を気にする間もなく、話を続けた。
僕が伝えたかった、23年間伝えられなかった、
作品名:涙をこえて。 作家名:石井寿