小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

涙をこえて。

INDEX|35ページ/46ページ|

次のページ前のページ
 

僕は、みわちゃんが急に遠くなってしまったような気がした。


佳子「もちろん、みわちゃんだって、
   最初は悪気があってそんなことをしたんじゃないと思うよ」
僕 「そうなの?」
佳子「うん、だって、もう二度と結婚で失敗したくないから、
   財産的にも、性格的にも間違いのない人にしたいって言うのは、
   女だったら、やっぱり考えるのよね。
   まして、みわちゃんの家は不動産屋さんだから、土地の値段によって
   不安定になることがあるわけでしょ。
   そしたら、財産のない人よりある人の方がいいじゃない」


そういうもんなのか。


佳子「でもね、みわちゃんはワンコちゃんと付き合い始めてしばらくしたら、
   ちょっおかしくなって、
   財産の話ばかり、あたしにしてくるようになったのよね」
僕 「え、なんで」
佳子「あたしに調べてほしかったんでしょ。
   もらえる財産規模がどれくらいとか」
僕 「でも、佳子さん、そんなことできるの?」
佳子「簡単よ。だって大観光は、
   坂の上テレビのスポンサーをかなりやってるから、
   いつもうちは坂の上テレビの役員さんと交流があってね。
   みわちゃんも、あたしの家が大観光だって誰かに聞いたみたいで知ってて、
   それで何か情報がないかって聞いてくるようになったの」


みわちゃん、佳子さんにそんなことしてたんだ。


僕 「で、佳子さんはどうしたの?」
佳子「もちろん、答えなかったわ」


佳子さんは、珍しく視線を鋭くした。


佳子「あたし、誰かの力を借りるのは反対じゃないけど、
   その前に、まずワンコちゃんに、自分がどういうつもりでいるのかとか、
   つまびらかにすべきじゃないかって、思うの」
  「それに、ワンコちゃんが坂の上の社長の息子だってこと、  
   自分は知っているのに、ワンコちゃんには知らせずにいるわけでしょ。
   もちろん、こんな重い話を簡単には説明できないから、
   説明しなかったっていうことなのかもしれないけどね」   
  「でもね、核心部分がズレたままの男女は、絶対そのうち大きくズレて、
   決定的にうまくいかなくなるわ。
   みわちゃんは、それをズラしたまま、過ごそうとしていたから、
   あたし、だんだん許せなくなってきたの。
   それに、大事な人に、核心をきちんと打ち明けられないって、
   あたし、間違っていると思うの!」


佳子さんの口調は、熱を帯びた。


僕 「そ、それで」
佳子「もうこれは、あたしがワンコちゃんにほんとのことを言ってあげなきゃ、って
   去年ぐらいから思っていたのよね。
   でも、あたしもやっぱりみわちゃんに遠慮があって、なかなか踏み切れなかったの。
   そしたら、ことし、偶然、ワンコちゃんの手帳をバスで拾ったの。
   ああ、これで、始まったなって、思って。
   でも、最初から、みわちゃんに邪魔されたら困るから、
   みわちゃんがヨガの新年会に行ってて確実に家にいない日に、
   あたし、新年会を早めに失礼してワンコちゃんに電話したのね。」


そんな始まりだったんですか。

最初の第一声の電話は、みわちゃんがいないのを見計らってかけてきたんですか。
ものすごい話だ。


僕 「ええ、でもそしたら、なんであんなにまだるっこしい展開にしたの?
   最初から、言ってくれればよかったのに」
佳子「最初から言うのは、さすがにためらわれたのよ。
   だって、あたしとワンコちゃん、23年も離れていたじゃない。
   いきなりすごい話をしても、うまくいかないって思ったから、
   だから、場面を作って作って、少しずつ少しずつ近づいて、
   だんだん違和感がなくなるようにしたかったの」
僕 「え、それでロールプレイングゲームみたいなことになったの?」
佳子「そう。もちろん、何か危ないことになったら、すぐやめて
   全部お話しするつもりだったけどね。
   幸い、昨日までは危ない展開にならなかったから、そのままにしてたの」
僕 「え、じゃあ、みわちゃんのお父さんの会社が危ないとわかったのは、いつ?」
佳子「危ないとわかったのは、もうだいぶ前。
   でも、危ないということが世の中に出るとわかったのは、昨日の朝よ」
僕 「え、昨日の朝?」
佳子「そう。朝ごはんを食べ終わったところで、仲居さんから耳打ちが入ったの。
   サンガの件は、明日には新聞に出ますって」


そういえば、確かに、昨日朝食を食べ終え、スリッパを履こうとしたところで、
仲居さんが佳子さんに寄り添っていたな。

あれは、吐き気に配慮して、じゃなくて、
佳子さんに情報を突っ込むため、だったのか。

スパイみたいだな、大観光。さすが、大観光。

そして情報が入った佳子さんは、その後すぐに、僕に解散を命じた。

サンガが危ない話が世の中に出るんだから、みわちゃんから何か話があるはず。
早く帰って、まずはみわちゃんに会ってきなさい。そういう意味だったのか。

僕は、佳子さんが僕が思いも寄らない視点から
僕のことを気遣ってくれていたことを知り、
驚くと同時に、深い感謝を覚えた。
   

僕 「そうだったんだ」
佳子「そう。でも、みわちゃんからはきょうに至るまで、ワンコちゃんに
   自分が本当に考えていることを話したという報告はなかったし、
   このままワンコちゃんがみわちゃんに押し切られたら、
   ワンコちゃんが本当に不憫だと思うの」
  「だから、今日、ついに直接、手を出しました」


手を出す。本来であれば、やましいことを表す言葉だが、
いま、佳子さんが言わんとしていることは、もちろんそんなことではなくて、
僕のために、ついにみわちゃんとの間に介入してくれた、
ということがよくわかった。

     
僕 「いや、ほんとにびっくりだよ」
佳子「ごめんね。本来であれば、あたしなんかが話すことじゃないけど」
僕 「ううん。教えてくれて、本当にありがとう」
  「今、ショックだけど、いつかは知らないといけないことだったと思うし」
佳子「うん」
僕 「じゃあ、これからみわちゃんに話、聞いてくる」
佳子「うん」
  「がんばって」

昨日も佳子さんは別れ際に「がんばって」と言ってくれた。

僕はそのとき、漠然と
「仕事をがんばって」くらいのエールだったと思っていたが、
それはまったく違って、
近いうちにこういう展開になることを察知してのエールだったのだろう。

そして、それは実際にそうなった。
きょうは、明確に「みわちゃんとの話、がんばって」というエールだ。


僕はもう一度「うん」と答えて、立ち上がり、ホテルの玄関に向かった。
玄関にはすでに、ホテルのワンボックスカーが用意されていた。
これも、佳子さんが用意してくれたものだろう。


僕 「また車を用意してくれたの?ありがとう」
佳子「急ぐでしょ」
僕 「うん」
佳子「がんばって」
僕 「ありがとう、本当に、ありがとう」


僕は、佳子さんに頭を下げると、車に乗り込ませてもらった。
乗り込むと、すぐに発車した。


「ありがとー」
作品名:涙をこえて。 作家名:石井寿