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涙をこえて。

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佳子さんの教室が見つかった、ということなのだろう。

僕 「わりと前だね」
佳子「うん。あたしがダンスとかヨガとか教え始めたときの最初の生徒さんなの」
僕 「へえー。そうなんだ」
佳子「そう。だから、あたしもみわちゃんには結構思い入れがあって、
   わりと気も合ってたから、わりと早い時期から、レッスンが終わった後、
   一緒に飲みに行ったりして、いろんな話をしていたのよね」
僕 「あ、じゃあプライベートな話もしてたの?」
佳子「そう。ちょうど彼女が前の旦那さんと
   別れる、別れないみたいな話をしているときだったから、
   相談に乗ってほしかったんだと思うな」
僕 「で、別れたんだ」
佳子「そう。でもね、彼女かわいそうだった。
   10歳も年上の女に浮気されて、離婚なんてね」

これは、みわちゃんから先日聞いた話とぴったり符合する。
でも、あのかわいい佳子さんの口から
「浮気」「離婚」なんて言葉が出てくるなんて、
想像できなかったので、なんだか僕は少しびっくりした。

僕 「僕も、その話、聞いたよ」
佳子「ああ、ワンコちゃんに言ったんだ。
   ま、普通言うよね。大事なことだから。」

いや、聞いたのはつい先日で、
つきあってから1年3か月も僕は知りませんでした、と
よほど言おうとか思ったけど、
そこまで言う必要はないかと思い、割愛した。

僕 「じゃあ、そのあと僕と付き合いだしたときも、話を聞いていたんだ」
佳子「ううん」

佳子さんは意外な返事をした。
ひょっとして、
佳子さんはぼくとみわちゃんがつきあっていることを知らなかったのか?

佳子「付き合いだす前から、ワンコちゃんの話、聞いてたの」
僕 「ええ?それはどういうこと?」
佳子「みわちゃんね、今度は絶対に失敗したくないから、失敗しない男を選ぶって
   言っていたんだよね。
   そしたら、石井さんって人が見つかったって、言いににきたの。
   で、いろいろ話を聞いてみたら、どうも、予備校で会った、
   あの石井くんかもって気がしてきたのよね」 
僕 「それで、どうしたの?」
佳子「まず歳を聞いて、風貌を聞いて、それから、性格を聞いて、
   いろいろ根掘り葉掘りみわちゃんに聞いたの。
   で、そのたびに、ああ、あの石井くんなんだなって、
   徐々に確信したのよね」
僕 「それで?」
佳子「もちろん、昔、石井くんのこと好きだったことはあるけど、
   今はもう時代が違うし、
   それに、石井くんも若い子の方がいいんじゃないかなって思ってたから、
   あたしの出る幕じゃないなって思って」


ええ。佳子さん、そこは佳子さんの出る幕ですよ。
どうしてみわちゃんから僕を奪おうとしなかったんですか。
僕はもう少しでこれらの言葉が口から飛び出してしまいそうだった。


しかし、飛び出す前に、佳子さんがまた新たな話を繰り出した。


佳子「でもね、しばらく経って、これってよくないって、あたし思ったの」
僕 「なんで?」
佳子「だってね」


佳子さんはそう言うと、一息ついて、客間のベランダに面した大きな窓に向かった。
その後姿には、言い知れぬ大人びた雰囲気が漂っていた。僕は急に緊張しだした。


佳子「みわちゃんは、ワンコちゃんじゃなくて、
   ワンコちゃんの財産を見ていることが、だんだんわかったの」


ええ?

あの、佳子さん、僕、財産なんて、ないですよ。何を言っているんですか。
父親はいつも家にいない、しがない薬屋さんだったし。

父が亡くなってからも、もらった財産なんて、ないよ。
実家ももう処分しちゃったし。

僕がそう言おうとすると、佳子さんは機先を制して、こういった。



佳子「あ、知らないんだ。やっぱり。根本的なこと」



その一言で、僕は、言い知れぬ不安の淵に、突き落とされた。
僕はもう少しで、吐き気がしそうだった。


僕 「あの、な、何が」
佳子「えっとね」
僕 「う、うん」
佳子「坂の上テレビに、副社長さんがいるでしょ」
僕 「うん。あの、土地とか、社内資産を管理してる人、がいるね」
佳子「そう。その人はね」


佳子さんは一回息を吸った。
僕は、息が止まった。


佳子「ワンコちゃんの、お兄さんなんだよ」
僕 「ええ?」


あのう、僕、兄弟はいないんですけど、
そう言おうとすると、佳子さんはまた機先を制した。


佳子「あたしが言うのも何なんだけど、ワンコちゃんは、
   大変残念なんだけど、亡くなったご両親の子じゃないのよね」
僕 「はい?」


佳子さんは、あまりにも衝撃的なことを言った。

僕の父と母は、父や母じゃなかったってこと?
それって、あまりにも歴史を覆しすぎじゃないか?


佳子「ワンコちゃんは、実は、代々、
   坂の上テレビの社長をしている家に生まれたのよね。
   でも、当時の坂の上グループはお家騒動がひどくて、
   ワンコちゃんの2つ年上のお兄さんが継ぐのか、
   ワンコちゃんが継ぐのかをネタに上層部がもめてね。
   ワンコちゃんの本当のお父さんが争いをやめさせるために
   ワンコちゃんを赤ちゃんのときに養子に出したの」
僕 「よ、養子」
佳子「そう。当時、坂の上の若手だったワンコちゃんの本当のお父さんが、
   親しくしていた薬屋さんの夫婦になかなか子供ができなくて、
   そこに預かってもらう、ということになったのよね。
   それがワンコちゃんというわけ」
僕 「え、じゃあ僕は家を出されたってこと?」
佳子「残念ながら、そういうことね」
僕 「え、それで」
佳子「でもね、社長さんは、お家騒動に巻き込まれたワンコちゃんが不憫で、
   家からは出したんだけど、財産だけは譲ってあげたいと思って、
   遺言に、自分が死んだら
   ワンコちゃんにも財産を渡すって書いてあるんだって」
僕 「ええ!」


早稲田の法律の授業で習ったが、確かに、妻や子への相続とは別に
「遺贈」と言って、第三者に財産を無償で与えることができる制度がある。
おそらく、佳子さんの話は、この遺贈のことを言っているのだろう。

しかし、それにしても。僕が坂の上テレビの社長の息子?財産?
亡くなった父や母は、実は他人?
僕は想像を絶する話が続いていて、もう倒れそうだった。

でも、佳子さんがあまりにも淡々と話すので、
僕はなんとかついていくことにした。

また、あまりにも話が大きすぎて、
僕が消化しきれていなかったから、かえってついていけた、というのもあった。


僕 「でも、なんで佳子さんがこんなに詳しく知ってるの?」
佳子「みわちゃんに教えてもらったの」
僕 「みわちゃんに?」 
佳子「そう。みわちゃん、受付をやってて、
   役員室とか、秘書室とかよく行っているから、
   そこで流れていた噂をつかんでいたのね。
   それで、言い方は悪いけど、
   ワンコちゃんだったら、財産も将来もらえそうだし、
   悪い人でもなさそうだから、ターゲットに絞った、というわけ。
   ターゲットって言うと、ちょっと変だけど。ごめんね、言い方が悪くて」


ターゲットに絞った。
作品名:涙をこえて。 作家名:石井寿