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炬善(ごぜん)
炬善(ごぜん)
novelistID. 41661
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黄泉明りの落し子 狩人と少年

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 火が焚かれると、二人はそれぞれの食料をそれぞれ食べ、それぞれの水をそれぞれ飲んだ。
 顎をいささかほぐし、口を潤す程度の食事であった。二人とも、恐ろしく食欲がなかった。

「ピクシよ」
 途中、ブラッツェが訊ねた。ピクシの手が、止まった。
「そなたは何が欲しい?」
 あの少女と、同じ問いかけ。そして……あの使用人と同じ問いかけ。
 ピクシは、しばらくして、訊ね返した。

「……何故そんなことを聞く?」
「――家族はどうした?」
 ブラッツェは、続ける。ピクシの答えを、回答の拒絶と受け取ったか……それともそれ自体を、一つの回答と受け取ったかのように。

「そなたが妻子持ちだったのは知っている。そなたが、商売をやってたのもな……全部そなたが教えてくれたのだ。かつてのそなたは、多弁だった。いつでも笑顔だった」
 青い眼が、ピクシを見据えていた。彼は俯いて、聞いていた。
「そなたと私がそもそも出会ったのは、狩りの場であった。だが、そなたの狩りは、あくまで商売の片手間だったはずだ……何があったのだ」

「……全部、失くしちまったよ」
 ピクシは何秒もした後、静かに答えた。俯いたまま。
「もう二年も前だ。息子は病気で死んだ。たくさん孝行してくれる、いい子だったんだ。妻も事故でいなくなった。商売は大失敗だ。かつての財産も水の泡さ。それで、本格的に狩人を始めたわけだ……だが」

 その声はだんだん、告白の色を帯びていった。
「僕はもう、生きるのに疲れたよ。金、金……それだけを亡者みたいに求めるだけになっちまったクセに……満たされることはない。中途端すぎる、生殺しだよ」
 ピクシは片手で、顔を覆った。

「あの子にも、ミタリにも、もっと優しくしてやるべきだった。けど僕には、あの子の無邪気さが眩しかった。あの子は、死んだ僕の息子にそっくりだった。いや、そうでなくても……自分の息子のように、大事にしてやるべきだったんだ。なのにその子をも、僕は失ってしまった……」

「……ピクシ」
「教えてくれ、ブラッツェ。僕はどうすればいいんだ。生きればいいのか? 死ねばいいのか? 生きるとすれば、何のために生きればいいんだ? 今や何もかもを失った、この僕は」

 ブラッツェの渋面――そのあらゆる筋肉が、憐憫に寄せられていた。彼は押し黙って、俯くピクシの顔をじっと見つめていた。

「すまないが、ピクシ」
 やがて、ブラッツェは口を切った。
「我が内には、今も健全な心臓が脈打っている。今こうして、そなたと話している私の魂は、確かにココにある。だがピクシ……私は、もう手遅れなのだ」

 ピクシが、顔を上げた。ブラッツェを見つめた。
 その眼の中に、憐憫とは違う、諦観を、悲愴を見出した。

「ブラッツェ……?」
「……私たちが奴らを殺めにきたのは、間違いだったのだ」
「どういうことだ?」
「そなたも見たはずだ。あの、この世ならざる姿を。そして、聞いたはずだ。奴の声を。あの透き通るかのような声を……」
「……ああ」
 ピクシは答える。
「俺はそれでも……銃を構えたよ。そしたら……ミタリが飛び出してきて……オレを止めたんだ」

 ブラッツェの目が、少しだけ見開いた。
「……そうであったか」
 ただ、ポツリと呟いた。

「なあ、ブラッツェ……あいつらは一体何なんだ?」
 ピクシは、問うた。
「人間を誘惑する悪魔とでもいうのか? それとも……あれこそが女神だと?」

「……彼女も元々は人間であろう。間違いなくな」
「馬鹿な」
「だが、私にはわかる……あの娘は、虐げられた民の子だ。太古の血を引く者だ。だが、それを除いても……彼女らを殺すのは、あまりにも罪深い。私は自身の名誉にかけて、ケモノを殺そうとしていた。だが、それこそが過ちだったのだ。あの不思議な呼びかけの力……それを超えたものがあるのだ。私たち人間が、一握りでも人であるためには、けして抗えないモノが」

「…………ブラッツェ……」

「ピクシよ、私が欲しかったのは、名誉だ。だが、あのケモノと少女と出会って……私の運命は決まってしまった。すまない、友よ……私の旅路は、もうすぐ終わる」

 ピクシは何も言えなかった。呆然としながら、娘が呼びかけてきた言葉を、頭の中で繰り返していた。
 ――あなたは何が欲しいの?

 貧相な晩餐は、まもなく終わり、焚き火が消された。
 互いに眠る支度を始める。
 
 だが、ピクシが寝袋に潜りこむ中でも、ブラッツェは寝ようとする気配を見せなかった。
「ピクシ。最期にそなたと話せて、よかった。道は示せなんだが……そなたはまだ、生きるかもしれない」

 ピクシには、もはや言葉が見つからなかった。
 暗闇の中、ブラッツェが微笑んでいるような気がした。
 
「道中で――」
 続くその声は、断頭台へ赴く戦士を思わせた。何もかもを失った戦士の。
「私の面影を見つけたならば、私が最も勇敢だった頃を思い出してくれ。……そしてその後は、何もかもを全部忘れてしまうのだ……私の語る誇りも。武勇も……何もかもを」