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炬善(ごぜん)
炬善(ごぜん)
novelistID. 41661
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黄泉明りの落し子 狩人と少年

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 森は、生と死とが共に居住まうかのようだった。

 丁度、聖像が幾数百年も佇むかのように、時は、呼吸をなくした風と共に、止まっているかのように思えた。ただ、清澄であった。生への泥臭い執着も、死や苦痛へのいかなる抗いも、その大気の表情に表れることはなかった。

 あちらこちらの木々の隙間から、冷たい空気をすり抜けて、陽が差し込んでいる。昼の光であった。木々の幹も植物も、苔の茂る土も、降りた光を浴びるものは悉く、正への歓喜を歌うかのように煌いていた。日の当たらぬ影の中には、呼気もなく横たわるかのような、死んだような静寂が落ちていた。

 日の光は、動きゆく。影が光へ、光が影へ。傾きながら、姿形を変えていく。
 互いに絡み合った、植物たちの生い茂る樹木の根元へ、大きな光が広がった。
 色とりどりの花たちが、輝きを受けて、瑞々しく華やいだ。無言の中内に、確かな欲の充実を歌っていた。

 突如として、全ての花が、一発、したたかに打ちつけられた。
 茎は折れ、花びらが飛び散る。

 肩幅の広い男が、だらんと垂れ下った植物たちの間を横切った。
 猟銃を両手に構え、腰に鉈を携えて。

 その足取りは静かだった。だが、何かへの苛立ちを抑えるかのようにして、どこか大股で、早足ですらあった。

 小柄な、細身の少年の影が、後ろに続いた。
 ぐいぐい進み行く男を、小走りで追う。その小柄にはやや不釣合いな、狩猟や野営に備えての装備の入った大きな鞄を背負って。
 若干息を切らしていたが、その顔(かんばせ)は、どこか楽しげな輝きが見えた。

 狩人と少年。
 さながら主人と奴隷のような二人。
 しかし、少年の黒い眼は、無邪気に輝いていた。

「ねえ、だんな!」腰に短剣を挿した、黒髪の少年は、前の男に呼びかけた。「ピクシのだんな!」
「何だい」
 男は答える。低い、冷淡な声で。

「さっきさ、すっげえでっかい花を見つけたんだ!」
 少年は言う。男は、両手に抱えたライフルの柄をふるって、行く手を阻む枝や花を、淡々と散らしていく。
「オレの顔よりも大きいの! あんなのみたことないよ!」

「愚かな小僧め」
 うんざりしたかのような、無慈悲な、呆れの苦笑。その青い眼に、軽蔑が宿った。
「なあ、ミタリ――君はまだ仕事に不慣れだろうが、覚えておけ。仕事中は口を慎むことだ」

「おお~」少年ミタリは、すっかり感心した様子で言う。
「さっすがだんな。歴戦の狩人ってやつだね!」

 ピクシは目を見開いた。
 立ち止まると、子供を振り返り、吐き捨てた。

「君は僕を馬鹿にしているのか?」

 ミタリの表情がこわばった。
 ピクシの表情に、はっと、後悔の色が過ぎった。
 数秒の、互いの沈黙。
 主人は歩き出した。少年も、小走りでそれに続く。

「ミタリ」

 ピクシは口を切る。
 怒気の残り香を孕みつつも、ばつの悪そうな様子で。

「君の大声は、この森に響きすぎる……気をつけろ」
「はい……」
「狩人の使用人として働くからには、自覚を持て。いいな?」
「あ、はい!」
 緊張したまま、しかしながら、素直な声で答える。大きな声で。
 ピクシはため息をついた。

「ねえ、だんな」
 少年はふと、元気になったように訊ねた。
 男は、振り返ることなく、答える。
「何だい」
「ウワサは本当なのかな?」

「ウソならば、こうして来るはずがない。今まで……何人もの狩人が帰ってこないんだぞ」
「そのケモノ……女の子が主なんだよね」
「そうだ」
「きっと綺麗なんだろうなあ。……一度、会ってみてえや。それにしても、ふっしぎな噂だよね。あなたは何が欲しいの? なんて聞いて来るなんてさ」
 ピクシは少年の声に、答えなかった。無言で前を進み続けた。

「ねえ、だんな」
 ミタリは、問うた。
「だんなが欲しいものって、なにかな?」

「……何故そんなことを聞く」
「え、それは……」
 少しだけ迷って、その後に、明るい声で言った。
「気になるから。だんなが、どんな夢を持ってるのかなって!」

 黙り込むピクシの道に、ひときわ太く厄介な、つたや枝の集まりが現れた。
 舌打ちし、銃身でそれを何回も叩く。
 それで無理だと悟ったのか、腰の鉈を引き抜くと、それを三度、思いきり叩きつけた。

「金だよ」
 ボロボロに切断されたつたを尻目に、彼は呟いた。
「他に何があるんだ?」
 ミタリを振り返り、睨んだ。
 少年は震え上がり、ゆっくりと俯いた。
「いや……なんでもないよ。だんな」
「……ふん」
 二人は再び進み始めた。
 清涼なる森の空気に、大小の足が、土を踏みしめ進む音が響く。

「君は何が欲しい」
 ピクシが唐突に問いかけた。振り返ることなく。
「え? ……オレかい?」

 沈み込んだ少年の面に、驚きが、続いて、歓喜がせりあがる。

「考えたこともねえや……けど、そうだなあ!」
 ミタリは、目を輝かせて、無邪気に捲くし立てた。
「だんな! オレも金が欲しい! それから、だんなみたいな知識が欲しい。 それから、女だ! 女が欲しいよ。……そうだ、だんながケモノを倒したら、オレがその女を連れて帰るんだ! それから一緒に暮らすんだ! 色々お話しするのさ!」

「――欲張りな小僧め」
 深くため息をついて、ピクシは呟いた。
 口元に、冷笑を浮かべていた。疲れきった笑みだった。