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炬善(ごぜん)
炬善(ごぜん)
novelistID. 41661
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黄泉明りの落し子 狩人と少年

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 ずっと歩み続けた時、彼は漣の音を聞いた。海の音を。
 海に面した、西の森。彼はその横断を、達成しようとしていた。

 更に進むと、夕焼けの光が、少しずつ、俯く彼の姿を、照らし出し始めた。木々が減り、森が終わろうとしていた。

 彼の体に風が当たり始めた。優しい風だった。彼を取り囲む木々が、ざわめき出していた。森の中では聞かれなかった、木々の歌だった。

 やがて木々が途切れた。孤独な男は、海を見渡す、高い崖に出た。
 彼は、ゆっくりと顔を上げる。その虚ろな顔を。

 雄大な空が広がっていた。沈み行こうとしている光に、上り来つつある闇に、天球が染め上がっていた。千差万別の大精霊のような、巨大な雲たちが、ゆっくりと、静かな行進を続けていた。

 そして――崖の縁に、彼らが佇んでいた。
 夕日を背にした、金色の髪が、金色の毛皮が、神々しいばかりの光を放っていた。
 
 彼らはじっと、こちらを見つめていた。
 円らな瞳の少女がピクシの顔を見据え、ケモノは恐ろしい唸り声を上げながら、ピクシの体を食らわんと、目を見開いていた。

  あなたは何が欲しいの?

 あの声だった――。清涼な声。癒し、眠りにつかせるかのような声。
 ピクシは答えなかった――少女の声が、再び聞こえてきた。

  あなたは何が欲しいの?

 少しだけ、そよ風が強まった。
 ピクシの後方の木々が、より大きな声で歌った。崖に打ち寄せる波の音が、より鮮明になっていった。虚無を包み込むかのような、清涼な音色が、あたりに満ちていった。

「僕は……」
 ピクシが口を切った。今にも風に流されそうな、小さな声だった。
「俺にはわからないよ。僕には何が欲しいのか……僕はもう何もない……何もかもがないんだ」

 ゆっくりとした動作で、銃を掲げた。力なく投げ捨てた。岩肌の地面に、一瞬間だけ、鋭い音が響き、風に飲み込まれていった。
 彼は、がっくりと膝をついた。日の光を全身に受けんとするかのように、両の腕を広げた。

「さあ、僕を食え……僕は、もう疲れた」
 ケモノが短く吠え、ピクシに近づこうとした。
 だが――ケモノが止まったのは、次の瞬間だった。

   食べちゃだめ ナカリ 

   ……――ハイ ナタカ

 ピクシは、じっと見守ることしかできなかった。

 ケモノは短く唸ると、ピクシを睨んだ。だが、それ以上近づこうとすることはなかった。
 少女がピクシを見つめ直した。その目に、確かな憐憫が宿っていた。

  あなたが欲しいものは ここにはない

 静かな声で呼びかけた――優しい声だった。母性に満ちた声だった。
 ピクシはそれに答えなかった。あなたが欲しいものは、ここにはない。その美しい声が、彼の脳裏に焼き付いていた。胸に沁みこんでいた。

  ……さようなら

 少女が呟いた。――慈愛に満ちた、笑顔を浮かべた気がした。
 ケモノが踵を返したのがわかった。彼らの姿が、遠のいていくのがわかった。

 ピクシは前に倒れた。そして、動かなくなった。