遊遊快適
「はい、できた」
ハヅキは、握りばさみを裁縫箱に戻して 上着を賀門のほうへと差し出した。
「ありがと」
賀門は、ハヅキから視線をテレビに移して柿の種を口にほうりこんだ。
その様子にハヅキは、口角をやや上げると裁縫箱を閉じて席を立った。片付けに行った裁縫箱の代わりにハンガーをひとつ手に現れたハヅキは、上着を吊るし、ハンガーラックに掛けた。
「ハッチも飲む?」
「うん」
ハヅキは、賀門の横に座った。
「もう一本開ける?」
「いや、今夜はこれでいい」
「そっ」
ハヅキは、テーブルの上の賀門のグラスから一口飲んだ。
そして、両掌を合わせて『ごちそうさまのポーズ』をし、右の肩で賀門の左腕を押した。
「なに?」
「ううん、なんにも」
ハヅキは、賀門を見上げてクスッと笑った。
「あ、やっぱりもう一本いい?」
「はぁい」
ハヅキが、席を立とうとした時、賀門が手を引いた。よろめいたハヅキの手が軽くなったビールの缶を倒してしまった。缶は慌てて起こしたのでさほど零れはしなかったが ズボンの裾に少しかかってしまった。
「わぁ、ごめん!」
「もう酔ってるの?」
「ごめんなさぁい…」
ティッシュペーパーの箱を抱えて、濡れたズボンを拭うハヅキの髪を賀門は撫でた。
「ごめんね。染みになっちゃうかな?」
「いいよ。クリーニングすれば大丈夫。ハッチが酔っぱらったからだな」
「きっとそうだね。ごめん…」
いくらハヅキは酒が弱いとはいえ、ひと口でよろめくほど酔ってはいないことくらい賀門もわかってはいた。わかっていながら そういってハヅキとのお喋りは戯れるのだ。
賀門にとっては ハヅキの困り顔は好感の持てる要素だ。
彼女が何人もいるとなると 誰しもが思うだろうことは、気の多い浮気性で 軽い男(やつ)、人を真剣に好きになることなどない遊び人といった印象だろう。
実際、それが嫌だと彼女放棄… 賀門を振って別れた女性もいた。
賀門からすれば、彼女たちの個々の魅力を好きになっていったことが 結果的に何人もの付き合う相手ができただけのこと。
イチコもフミカもミカミも 賀門にとってはそういう魅力があり、彼を離れさせないのだ。