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カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅶ

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(第六章)ブルーラグーンの戸惑い(10)-新人のバーテンダー①



 いつもの店は、ひと月前と変わりなく、マホガニーの色に統一された空間と静かに流れる音楽が、「馴染みの隠れ家」を演出していた。L字型の大きなカウンターの向こうに、ようやく灯りがつき始めた夕暮れの街並みが広がっている。見慣れた夜景とは少し趣が違うが、それはそれで美しい景色だった。
 入り口で立ち尽くしている美紗に、灰色の髪をオールバックにまとめたバーテンダー姿の男が、話しかけてきた。
「いらっしゃいませ。おや、鈴置さん。しばらくぶりですね」
 にこやかな笑顔ながらベテランの貫禄に満ちているマスターに、美紗は会釈だけを返し、下を向いた。
「カウンター席でよろしいですか?」
「……はい」
 マスターに導かれて店内に入った美紗は、歩きながらそっと周囲を見まわした。まだ時間が早いせいか、それとも盆休みの直前だからなのか、客は数人しかいない。一番奥にある「いつもの席」も空いているようだった。
 マスターは、眺めの良いカウンター席に美紗を案内すると、水の入ったタンブラーをすすめた。
「毎日こう暑いと、体にこたえますでしょう。夏バテは大丈夫ですか?」
 美紗は「まだ、何とか……」と答えながら、早速タンブラーに手を伸ばした。水を口に含んで初めて、喉がカラカラに乾いていたことに気付いた。
「それは何よりです。さすが、お若いですね」
 マスターは、カクテルメニューをカウンターに置くと、おもむろにショットグラスを磨き始めた。
「あの……」
 言いかけて、美紗は口を閉じた。マスターなら、聞きたいことの答えを、おそらく知っているだろう。しかし、品性に欠けるその質問を口にするのは、やはりはばかられた。日垣や吉谷のように人生経験が豊かであれば、暮れゆく都会の景色を眺めながらスマートに探りを入れることもできるのだろうが、若い美紗はそんな術など持ち合わせてはいない。

 ひとしきりグラスを磨いたマスターは、それを照明にかざし、輝き具合をチェックした。そして、やおら口を開いた。