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カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅶ

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「誰?」
「陸の西野1佐という方でした」
「ああ、俺が前の前の任地にいた時の上官だ。日垣1佐の防大(防衛大学校)の時の同期らしいが、レンジャー出身だから、無意味に声がデカイんだ。何の話だった?」
「私用だそうで、直通の内線も携帯もつながらないから、こっちにかけたって言ってました」
 松永は壁時計に目をやった。
「きっとまだ飛行機に乗ってるとこだな。八時過ぎに羽田発って言ってたから、向こうに着くのは……」
 松永の言葉につられて、在席していた他のメンバーも一斉に時計がある方向を見る。美紗だけが一人、片桐の机の上に無造作に置かれた一枚の紙を凝視していた。統合情報局幹部の一日の行動予定が記されたその紙は、第1部長が終日不在であることを示していた。美紗は、総務課が毎週末に配信する次週の週間予定表をパソコン上でチェックした。第1部長の欄は、月曜日から木曜日まで真っ白で、「夏季休暇」の但し書きが小さく入っていた。
 そういえば、数日前に「直轄ジマ」で、日垣が自身と家族の誕生日に合わせて八月上旬に夏季休暇を取る、という話をしたばかりだった。美紗は、少し腰を浮かせて、事業企画課のほうを見た。八嶋香織はやはりパソコンに向かっていた。
 前日、日垣が八嶋に「明日、いつもの店に」と言っていたような気がしたが、聞き間違えだったのだろうか。あの時、日垣の声は低くこもり、階段の所に隠れていた美紗には聞き取りにくかった。その上、美紗自身も、落ち着いて彼らの話に耳を澄ますどころではなかった。二人の状況が分からないことに変わりはないが、今夜、日垣と八嶋が「いつもの店」で会う可能性がないことだけは、確かだ。

 課業時間の終了時刻を三十分も過ぎると、盆休みを控えた第1部はいよいよ閑散としてきた。その中で、「直轄ジマ」だけが異様に盛り上がっていた。他課の者まで「直轄ジマ」を取り巻き、人だかりを作っている。中心にいるのは、水色の開襟シャツを着た片桐だった。彼は、一週間余り夏季休暇を取った後、そのまま指揮幕僚課程の二次試験に臨む予定になっていた。その場にいた全員が、騒々しい「万歳三唱」で激励した。
「少し時代錯誤じゃないすか? それより、ビールなんかで気合い入れていただけるとありがたいんすけど」
 大勢に囲まれても相変わらずのお調子者に、松永は「何言ってやがる!」と怒鳴り返した。