カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅶ
高峰は、己より六、七歳ほど年下の1等空佐に、白髪交じりの頭を下げた。「直轄ジマ」の面々が一様に不安げな顔になる。しかし、日垣は照れくさそうに笑うばかりだった。
「そういえば、前にここでそんな話をしてたな。コトの発端は私の愚痴だから、気にしなくていい。実際、助かったのは確かだよ。現地では、副長は彼女とばかり話していたから」
「それで、吉谷女史を気に入って『うちに欲しい』という話になったわけですか」
やおら銀縁眼鏡を外した宮崎は、不快そうに目を細めた。
「権力者のセクハラか、それとも、二年前の嫌がらせの続きなんでしょうかね」
「そこまでの意図は、さすがにないと思うが……。あの副長もキレる人間には違いないんだ。吉谷女史の力量を瞬時に見抜いたんだろう」
「しかしですねえ」
と、佐伯が顔を曇らせた。
「彼女、子供だっていますでしょう? 幕勤務自体、無理なんじゃないですか? 副長の引き抜きなら、異動先は庶務室ですよね」
各幕僚監部の庶務室は、民間企業でいうところの秘書室に相当し、各自衛隊トップの幕僚長と幕僚監部次席である副長を、細々とした事務面で補佐する役どころである。庶務室に勤める人間は、二人の重鎮が在室している限り待機していなければならないため、必然的に勤務時間は不規則になってしまう。
「いや、今、総務部か運支部(運用支援・情報部)かで、詰めているところらしい。どちらにしても、今よりは彼女も本来の能力を活かせるだろうな」
「対外広報か、在外公館にいる防駐官(防衛駐在官)の支援か、情報関連の仕事……ってとこですか。職務内容だけを見れば、確かに吉谷女史は適任ですが……」
「人事の話では、空幕側は、勤務形態については彼女の希望をすべて受け入れた上で、幹部相当のポストを用意するんだそうだ」
へえ、と一同は嘆息をもらした。
「一見、至れり尽くせりという感じですけど、有能な人材を取りあえず確保しようという魂胆が見え見えですよ。究極のトップダウンじゃないですか」
ベテラン勢の話にようやく口を挟んだ小坂は、先ほどまでの騒ぎようとはうって変わって、静かに怒りを滲ませていた。
作品名:カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅶ 作家名:弦巻 耀