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カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅶ

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 日垣と高峰のジョークに、佐伯は「冗談じゃない」と言って顔をしかめた。本来、「伝統墨守・唯我独尊」というフレーズで使われることの多いこの言葉は、旧海軍の組織構成をほぼそのまま引き継ぎ昔の気質を色濃く残す海上自衛隊の雰囲気を、良くも悪くも、端的に表現したものである。

「あいつは、海自始まって以来の変わり者です」
 小坂と同じ白い制服を着る佐伯は、日垣に念を押すかのように断言した。
「若い部下には、返ってウケがいいんじゃないかな? まあ、もう少し落ち着いてくれないと、指揮官としては心細いところだろうが……」
「すみませんね。私の指導が至りませんで」
 その言葉が終わらないうちに、当の小坂は再び騒がしい足音を立てて戻ってきた。美紗に絞った雑巾を差し出しながら「やっぱ、まだ夏バテなんじゃないの?」と話しかける彼の声は、もう怒ってはいなかった。
「手伝えなくって悪いな。制服に染みがついたら、外歩けなくなるから」
「いえ……。私のほうこそ、本当にすみません」
 美紗は、タイルカーペットの床に座り込んで、コーヒー染みに雑巾をあてた。小柄な体が背を丸めて床を拭く姿を気の毒そうに見やった小坂は、ややあって、思い出したように「ああ」と大きな声を出した。
「で、何の話でしたっけ?」
「総務課の吉谷女史が異動なのかって話を聞くところだったんだ」
 佐伯は、騒がしい後輩の問いにため息交じりに答えると、第1部長のほうに向きなおった。
「日垣1佐、その噂、本当なんですか?」
「細かい話はまだ調整中だが、九月一日付けで空幕(航空幕僚監部)に行くのは決まりだ」
 答える日垣の口調は、急に沈んだように聞こえた。
「ずいぶん、突然なんですね」
「副長の『ご指名』でね……」
 美紗は床を拭く手を止めた。思っていた「噂」とは違っていが、予想だにしない人物の異動話は、純粋にショッキングだった。言われてみれば、このひと月ほどの間、第1部長の日垣と吉谷綾子が人目をはばかるように話している姿を、頻繁に見かけたような気がした。親しい仲かもしれないなどと思っていたが、人事の話だったのだろうか……。