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カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅶ

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第七章:ブルーラグーンの資格(3)-不穏な動き②



「あの、それ、違うんです!」
 思わず立ち上がった美紗の手が、パソコンの右側に置いてあったコップに当たった。使い捨ての軽い容器が跳ね飛ぶように倒れ、中に残っていた茶色い液体が周囲に流れ出る。それとほとんど同時に、右隣の小坂が甲高い叫び声を上げた。
「うわあ何すんだっ! 俺の近くにコーヒー置くなよっ!」
 ずんぐり体形からは想像しがたい素早さで飛びのいた3等海佐は、大騒ぎしながら自身の着る制服を隅々まで点検した。首元からつま先まで真っ白な夏服を着る海上自衛官にとって、コーヒー染みは大敵だ。
「すみません! あの、クリーニング……」
「いいから、これ使えっ」
 珍しく声を荒げた小坂は、自席のパソコンモニターの後ろから白い塊を取り出し、狼狽する美紗に投げつけた。美紗の手の中に飛び込んで来たのは、新品のトイレットペーパーだった。
「なんでそんなものがここにあるんですか」
 あからさまに嫌そうな顔をする佐伯に、小坂は一転して愛想のいい笑顔を浮かべた。
「これ、なかなか使えますよ。吸い取りいいし、洗う手間なくどんどん拭けますから。応急処置にはもってこいです」
「しかし、品がない」
「しかも、エコじゃない」
 高峰も佐伯に加勢したが、調子のいい3等海佐は悪びれもせず、
「有事には即応力がなにより重要です。現にこうして役立ってますでしょ?」
 と言い残し、バタバタと部屋の外に走っていった。呆れる二人の横で、日垣は前髪に手をやりながらクスリと笑った。
 美紗は彼の視線から逃れるように下を向き、コーヒーで汚れた机の上を拭いた。幸い、自席のパソコンと小坂が机上に置いていた書類には被害がなかったが、自分でも泣きそうな顔になっているのが分かった。想いを寄せる相手の目の前で、トイレットペーパーを片手に粗相の後始末をするのは、なんとも惨めだ。
 しかし、日垣の視線は、小坂のパソコンモニターの裏側に積まれた数個のトイレットペーパーに向けられていた。
「予備もあるとは、彼、ずいぶん用意がいいね。これも、海自の『伝統』?」
「『墨守』するには、ずいぶんと下世話な伝統ですなあ」