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カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅶ

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「そ、そうそう。目立つと周りが迷惑なこともあるなー、って。あ、鈴置さんは全然目立たないから大丈……」
 取り繕うつもりの片桐は、余計な事を口走って、左隣にいた高峰に小突かれた。
「迷惑? そう……ですよね」
 美紗は小さく呟くと、力が抜けたように椅子に座り込んだ。相変わらず失言の多い1等空尉に高峰と宮崎が盛んに何か言っていたが、美紗の耳に彼らの会話は聞こえなかった。
 
 『知ってた? あいつが日垣1佐に抱きついたって噂』

 前日の八嶋香織と第1部長とのやり取りが、どうしたら、そんな「噂」にすり替わるのだろう。発端は、遠目に二人を見た人間が第三者にその様子を面白おかしく語った、というだけのことなのかもしれない。しかし、話題にあがる人間の社会的地位が高ければ高いほど、無責任な噂話が誹謗中傷のきっかけとなる可能性も高くなる。
 美紗は、せっかく淹れたコーヒーを机の端に置いたまま、パソコンの液晶画面をぼんやりと見つめた。画面には第5部が作成した情勢日報が表示されていたが、美紗の目は、全くその内容を追っていなかった。
 今になって、八嶋香織に対する不快な感情が、じわじわと湧き起こってきた。一か月ほど前、日垣貴仁の「奥様代理」として大使館のレセプションに向かう吉谷綾子を見送った時に胸の中に抱いたものとは、全く違う、漠然とした負の感覚。羨望でも、嫉妬でも、劣等感でもない何かが、美紗の思考を侵食する。

 どうして、あんなことができるの?

 想いを伝えれば、あの人を困らせてしまうだろう。真面目なあの人は、離れていってしまうだろう。だからこそ沈黙を選択した美紗に、八嶋香織の言動は全く理解できなかった。八嶋は、自身の思うところを、相手に大胆に叩きつけていた。相手の立場も顧みず、職場であろうが人目があろうが、お構いなしだ。想う相手に対して、躊躇なく独りよがりの態度を取れることが、信じられない。
 そんな八嶋に、日垣は囁くように言っていた。