カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅶ
強烈な言葉を連発する大須賀に、美紗の顔は完全に紅潮した。それをどう解釈したのか、大須賀はますます目を細めて美紗を見据えた。視線を惹きつける豊満な胸が、脅すように迫る。
「ねえ、美紗ちゃん、八嶋香織の見張り、頼んでもいい?」
「見張り?」
「あいつが日垣1佐に近づこうとしたら、妨害してよ」
そう言って、大須賀は再び、部屋の一角を見やった。美紗もわずかに身体を動かして、大須賀の視線の先を見た。事業企画課渉外班の席に座る八嶋香織は、相変わらず地味な色のワンピースを着て、なにやらパソコンを操作していた。何事もなかったかのように仕事をしている彼女は、しかし、口を固く結び、ひどく不機嫌そうに見える。自身が下世話な噂のネタにされていることを、知っているのだろうか。
「妨害なんて、どうすればいいんですか?」
「そうねえ。二人で話してるところ見つけたら、『お疲れさまでえーす』って声かけてやるとか。取りあえず、雰囲気ぶち壊すの」
そのようなことは、鼻息も荒く語る大須賀のほうが、よほど適任に思えた。しかし不幸にして、彼女の勤務場所は第1部のひとつ下のフロアにある。
「頼むわね、美紗ちゃん。八嶋香織め、このまま好きにさせてたまるか!」
わざわざ八嶋の話をするためだけに美紗の所に来たらしい大須賀は、古めかしいセリフを残して去っていった。
大須賀から解放された美紗が、コーヒーの入ったマグカップを持って「直轄ジマ」に戻ると、片桐が内局部員の宮崎とこそこそ喋っているところだった。
「それにしても彼女、大胆だねえ」
「僕はもうちょっと控え目なほうがいいっすけど」
「まあ、確かに、職場で目立つのはね……」
「あのテとはうかつに付き合えないっすよ。あっという間に部内で噂になりますから」
下品な笑いを堪えている二人に、美紗は、恐る恐る話しかけた。
「噂って、あの……」
「うわあ鈴置さん! 何でもないからっ!」
フロア中に響くような叫び声を上げた片桐は、椅子ごと後ろに飛びのいた。一方の宮崎は、銀縁眼鏡を直すフリをして表情を隠すと、ひとつ咳払いをした。
「いやいや、ちょっとね。目立つのも善し悪し、って話をしてたんだ」
作品名:カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅶ 作家名:弦巻 耀