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カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅶ

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「あの、私は、大丈夫です。お休みは今月末と九月にいただくことになってますから……」
「目の下、クマできてるよ」
 小坂は、小麦色になった顔に白い歯を見せて、自身の目元に人差し指を当てた。品のない囁き声を聞き逃さなかった松永は、ちろりと美紗の顔を見た。イガグリ頭に相応しい荒々しい顔つきが、すうっと気遣わしげなそれに変わった。
「明日休め」
「本当に、大丈夫ですから」
 美紗が言い終わらないうちに、松永は机の引き出しから三文判を取り出した。
「来週、丸々一週間休まれたら、真面目に困るんだ。明日と土日の三日間でしっかり休んで、復活しといてくれ」
 宮崎と小坂の手を経由して、直轄班長の印鑑が美紗の机に置かれた。仕方なく、美紗は四度目のため息をついて、休暇申請の手続き書類を書いた。

 翌日、美紗は松永に言われたとおり、貴重な平日の休みを、文字通り「休んで」過ごした。世間が盆休みに入っているこの一週間、「直轄ジマ」でも大した仕事はなかったはずだが、太陽が真南に差しかかろうかという時間までベッドに横たわっていても、奇妙な疲労感は消えなかった。前の晩からエアコンをかけっぱなしにしているせいか、身体がひどく重く感じる。
 予定通りなら、第1部長は朝から出勤しているはずだ。今頃、長袖の水色シャツに濃紺のネクタイをした彼は、事務所内を涼しげに歩いているのだろうか。休暇の間に未決箱に山のように積まれた書類を見て、閉口しているだろうか。それとも、休み明け早々に諸々の会議に顔を出して、忙しくしているのだろうか。そんな仕事の合間に、八嶋香織と顔を合わせることはあるのか……。
 あまり考えたくないことに思いが至り、美紗は再び目をつぶった。

 どうかしてる……
 
 日垣貴仁を眺めるために職場に行くわけではない。八嶋香織よりも気にかけるべきことは山ほどある。直轄チームに来て一年余り、仕事にはそれなりに慣れたが、まだまだ手一杯の状態で対処しているのが現実だ。仕事以外のことに気を取られる余裕はないはずなのに……。
 突然生じた三連休をどう過ごしていいか、分からない。週明けには仕事に戻らなければならないが、どうやって平常心を保てばいいのか、その方法は、もっと分からない。