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カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅶ

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第六章:ブルーラグーンの戸惑い(9)-暑い街の夜



 翌朝、盆休み直前の情報局内には、下世話な噂が流れていた。

 美紗が、部屋に備え付けのコーヒーメーカーで朝の一杯を淹れていると、「直轄ジマ」のほうから女の大きな声がした。
「鈴置さん今日来てますう? あーっ、美紗ちゃん!」
 1等空尉が指し示した方向を見た大須賀は、美紗の姿を認め、「良かった! 休みじゃなくて」とさらに大声を出した。美紗が挨拶をすると、迫力のある胸を強調するようなデザインの真っ青なスーツに身を固めた相手は、恐ろしい勢いで駆け寄ってきた。
「ねえ、聞いたあ? 昨日……」
 大須賀はそこで慌てて声を低め、美紗の肩越しに、事業企画課がある方向を睨みつけた。
「へえ、しれっと来てるんだ。八嶋香織」
 あまり耳にしたくない名前が呼び捨てにされるのを聞いて、美紗は、あからさまに驚いた顔を大須賀に向けてしまった。
「あ、やっぱ知ってた? あいつが日垣1佐に抱きついたって噂」
 美紗は思わず息を飲んだ。前日、偶然二人を目撃した時は、八嶋の頭が軽く日垣の体に触れただけのように見えていたが……。誰もいないと思っていた廊下に、やはり人の目があったのだろうか。そちらのほうが気になる。
「廊下でキスしてたとか言う人もいるし。信じらんないっ」
 大須賀は、大声で喚き散らさない代わりに、握りしめた拳を震わせて怒りを表した。
「それは、ないと、思います。あの背の差じゃ、背伸びしても……」
 八嶋は、美紗より五、六センチほど背が高かったが、それでも背丈のあるほうではない。彼女と長身の日垣が共に立ったままで唇を合わせるには、双方にそれなりの意図がなければかなり難しそうだ、と美紗は思った。
「そっか。そうだよね。あいつが背伸びしても届かないか。美紗ちゃん、いい分析するう」
 大須賀は、アイシャドウで大きく見える目をさらに見開き、感心したように頷いた。そして、急にほくそ笑むような顔を美紗のほうに寄せた。
「立ってキスできるかなんて、結構面白いこと考えてんだね。実は妄想するタイプ?」
「ち、ちが……」
「別にいいじゃん。あ、でも、日垣1佐とのキスシーンなんか妄想したら、アタシが許さないからね」