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カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅶ

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『その方の価値観に、ご自身を委ねてみてはいかがですか』

 藍色の瞳のバーテンダーは、前と同じように店に来ればいい、と言っていた。怯えずにあの人を大切に想えばいい、というようなことも言った。それは、一歩を踏み出せという意味なのか。あの人が許容するギリギリのところまで、想うままに飛び込めということなのか。

『限りある時間を、後悔のないように、お過ごしになってください』

 バーテンダーの言葉のとおり、あの人の傍にいられる時間は限られる。幹部自衛官は、基本的に全国転勤が前提になっているからだ。別れの時が、彼の異動というさほど遠くない未来に訪れるのか、それとも、八嶋香織という女によって今すぐにもたらされるのか。違うのは、そこだけだ。
 美紗は小さなため息をついた。日垣貴仁がいずれ手の届かないところへと去っていくことは、初めから決まっている。同じ結末しか用意されていないと分かっていて、行動することに何の意味があるのだろう。

『日垣さん、安心したような、少し寂しそうな、お顔をしていましたね』

 名も知らぬバーテンダーに続いて、意味深なことを口にしたマスターの物静かな笑顔が浮かぶ。日垣は、いつもの店に行かなくなった美紗のことを、少しは気にかけてくれたのかもしれない。しかし、安堵した顔を見せたらしい彼の真意は、どこにあるのだろう。
 美紗は顔を上げ、無人の第1部長室を見やった。前の週の金曜日から一週間の休暇を取っていた日垣は、Uターンラッシュを避けるために、敢えて週末を待たずに東京に戻る日程を組んでいた。明日、彼は第1部に姿を見せる。そして、明日は金曜日だ。不在間に溜まった細々とした用事を片付けた後、彼はおそらく、いつもの店に足を運ぶに違いない。
 再び「隠れ家」を訪れることを、あの人は好ましく思ってくれるだろうか。傍にいたい、と態度で示すことを、あの人は受け入れてくれるのだろうか。いつもの店に行くべきか、明日までにはとても決められないような気がして、美紗はまた嘆息した。