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カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅶ

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第七章:ブルーラグーンの資格(1)-夏季休暇



「この調子で、あと十日くらい世界平和が続いてくれるといいんだがなあ」
 直轄班長の松永2等陸佐は、席に座ったまま、大きく伸びをした。盆休みの週も木曜日を迎え、第1部長の留守を預かる彼の任務も、今日一日を残すのみとなっていた。
「テロリストも某国の独裁政権も、我が国の慣習なんかに配慮してくれませんからね」
内局部員の宮崎が銀縁眼鏡をきらりと光らせながら言葉を継ぐと、松永は「全くだ」と肩をひそめた。
 対外情報活動を担う統合情報局に勤める職員が一週間前後の夏季休暇を満喫できるか否かは、ひとえに国際情勢にかかっている。世界のどこかで、安全保障に関わる由々しき事件でも発生しようものなら、当該地域を担当する人間は、盆正月など関係なく、市ヶ谷に拘束されてしまう。佐官相当以上の幹部であれば、帰省や旅行で遠方にいようとも、電話一本で呼び戻されることもある。
 総務系のセクションで構成される第1部では、そのような目に遭う人間はほとんどいなかったが、唯一の例外が、第1部長直轄チームに所属する七名だった。

「呼び出しくらったら、後から休暇の取り直しってできるんですか?」
 東京から遠く離れた実家で休日をのんびり過ごした小坂3等海佐は、相変わらず人懐っこい顔を松永のほうに向けた。やや日焼けした肌が、白い制服のせいで、ますます目立っている。
「まず無理だな。元々、夏季休暇は九月中旬までに消化しないと取得の権利が消えるし、妙な事案が起こったらひと月以上はバタバタしっぱなしだから」
「うはー。そうなんですか。無事に休めて良かったあ」
「運が良かったことに感謝して、せっせと働け」
「了解ですっ」
 小坂は妙にはつらつとした声を出した。この週は、先任の佐伯3等海佐とチーム最年長の高峰3等陸佐が、揃って休暇を取っていた。諫め役が二人とも不在なのをいいことに、小坂はいつもにもまして陽気だった。
 対照的に、彼の左隣に座る美紗は、全く浮かない顔で黙々と資料整理をしていた。先の週末にいつもの店で「新人」バーテンダーと話したことが、ずっと気になって仕方がなかった。初めて顔を合わせた彼の言葉が、頭から離れない。